2019年06月06日

勇気発動ベストタイミング


とても反省している。というより、駄目な自分が情けない。

夕方混み混みの上野東京ラインで大宮方面へ。新橋から乗った僕は座れたが、上野からとても多くの人が乗ってきた。

上野の次、尾久を発車してしばらく経って、ふと凝視していたタブレットから目線を上げると、僕のすぐ目の前にかなり御高齢のお婆ちゃんが劇混みの中立っているではないか。


どう考えても、席を譲り代わってあげるべきだ。目の前だし、代わるなら僕しかいない。


しかしなぜだか直ぐに行動に移せなかったのだ。凄く気になりながら、赤羽で人が降りたら一緒に降り隣の車両でもいこうかと、席を立つのを先送りにしてしまった。

結果赤羽ではあまり人は降りず。もう我慢できなくなった僕は降りるふりのように席を立ち、お婆ちゃんが座るのを確認してその前に立った。動くにも動けないほど混んでいるし。お婆ちゃんは「あら!」という顔をしたが、僕は「どうぞ」と。


結局譲るのなら、なぜ気づいた瞬間に立てなかったのか。本当に情けない。


まず、気づけてなかった自分が恥ずかしかった。そして、お婆ちゃんが「譲ってくれないなあ」と思ってるのでは?と思った瞬間、なぜだかしり込みしてしまった。周りも「この人代わってあげないんだ」と思ってるのではとも。


よくわからないようなメンタルだが、いずれにせよあんな御高齢の方を結果赤羽まで立たせてしまったのは、本当に馬鹿としか言いようがない。


とにかく勇気がでなかったのだ。いい年して。


ああ、席を代わろうと思った瞬間が、唯一の勇気の発動どきなのだと強く感じた。そのタイミングを逃してしまうと、あとはどんどん出しにくくなる。

勇気というのは、大きいのも小さいのも含め一日のうちに何度かは発動しなければならないタイミングがある。どんな場合でも、やろうと思った瞬間こそを逃してはならないのだろう。


楽聖が「譲ったとき、次降りますからって言われ微妙な空気になったり、譲った方がいい人なのかの見極めが……」と、あるある話をした。

そう、悩んだりもするし、不本意な感じになることもあるだろう。

それでも、自分の中に思いが生まれた瞬間が、唯一の勇気発動のタイミング。結果がどうなったとしても、決して逃すべきではない。


それを実践できている人の周りには、とても良い空気が流れ、その力が人間としての好評価を呼び寄せるのだと思う。


N響定期練習、川越へ

posted by take at 19:32| 活動報告