2019年05月22日

世界の繊細


私たち日本人は、心のどこかで「西洋人より繊細でデリケートだ」と思っていますよね。

しかし、こと楽器の練習方法、表現は逆かもしれないと思った。

日本人ががさつとは表現しにくいが、しかしとにかくガンガン鳴らす、吹き込んででかく鳴らせることは大事、大が小を兼ねると思っている節はある。西洋人は必ずしもそうではないのではと。



僕は最近クァイエットプラクティス、カルムプラクティスを実践しているが、そうすればするほど、長きに渡りとにかくパワープレーの方へベクトルが向いてきていたことを強く自覚します。

ヨーロッパやアメリカの演奏家の演奏から聞こえてくる大きな響きと世界観が、繊細な取り組みからなされていると気づいてくると、最初に書いたような価値観を感じてしまうのです、


これは、私たちの楽器のスタート、その大半が合奏の環境であり、おっきな空間でみんなで音を出すことと共に始まったことが、潜在意識に影響しているのだと思います。

家にて、父親や近所のおじさんからの手ほどきで始まった、町の音楽学校の個人レッスンから始まったのだとしたら。ある程度できるようになってから、町の小編成合奏やアンサンブルに参加したのだとしたら。そして数ヶ月で大ホールで演奏するコンクールにでなければならないのではなかったとしたら……


全ては仮定の話しだし、日本の環境を否定的に見るのは意味がないので控えるが、静かで穏やかな音のトレーニングからは、足元含めいろんなことを考えさせられるのです。


N響定期

posted by take at 17:55| 活動報告