2019年05月07日

真似ない


「YouTubeで聞いてその真似を……」

現代の若者に蔓延してるパターン。


YouTubeどころか録音が限られている時代は、「もっとレコード(CD)を聴いて勉強しよう」と、影響をうけることが推奨されてたぐらいだったが、現代では「YouTube見るな!」までいい放つ先生も多い。


問題は、極めて「自分無き真似事」になってしまっている点。というかこの人たち、まず似れてない。


君が真似ようとしたYouTubeのプロは、誰の真似もしてないからできてる演奏なんだよ。


誰か憧れの演奏家が一人いて、若きある時代徹底的にその人を真似てみた、なんてのはいいことだと思う。

しかし前述の大半は「YouTubeのプロの演奏だから真似る」という「自分無さ過ぎ」から、更にどんどん我無くなってしまう取り組み。


「では聞かない方がいいんでしょうか」

ある若者からの質問。


聴いたり見たり、全然問題ないよ。だけど、あれこれ真似るためじゃなくて、各々から良いとこだけ取ろうとか、何より本当に自分が憧れるものを探す行為としてというのが条件。

憧れるものを探すというのは、自分の中に趣向がはっきりある人がする行為。無い人は、なんでも真似られる。

そして、聴くならあらゆるものを聴きな。弦楽器や木管楽器、ピアノや歌、オーケストラや吹奏楽、室内楽他あらゆるものを。


その美しさや素晴らしさをストックしていけば、本当に必要なプロセスを得られる。

自分の中にある美意識が育っていくという人生の時間だよ。


大塚へ

posted by take at 18:33| 活動報告