2019年05月05日

ワーストから学ぶ


今日はネガティブな文章から始まりますが、最終的に言いたいことはそうではないので、嫌がらず読んでいただけたら幸いです。



僕にはN響におけるワーストワンの指揮者がいる。誰かは絶対書かないが、15年以上は前だと思う、一度だけ地方公演を振った人。

なぜワーストなのかというと、練習本番通じて、オーケストラがバラバラに崩壊したから。N響とは思えない、ずれまくった演奏になった。当然音楽的にも酷いものだった。(なぜそんな指揮者が来たのかにも理由があるのですが、それも書くのは控えます)

練習ではあまりの状態に呆れ返った団員たちは怒るのを通り越して笑うばかり。指揮者はとうとう「すみません、手がちゃんと動かなくて」と白旗を挙げてしまった。そんな信じられないような状況、後にも先にも彼だけた。

本番での真夏の夜の夢の序曲では、バイオリンのファーストとセカンドが完全に1拍ずれたまま進み、それを立て直すことは叶わなかった。N響人としてあんな演奏会はお客様に申し訳ないし、結果が残念でならない。

アンサンブルの猛者たちであるN響の楽員たちをずれさせるというのは考えてみたら凄いこと。そしてある意味不思議なこの体験。

コンサートマスター中心に自分たちで合わせてしまうことも出来なかったあれは、一体なんだったのだろうと、実は長年考えてきました。


自分でも指揮をするようになり、更にいろんなことを経験してきた今では、何故ああなったのか、彼は何が問題だったのかがはっきりわかります。

一番の問題は、リアルタイムになされている演奏を聞ききった挙げ句に次の合図を出すこと。僕らが言う「オケを聞いてから振ってるよね」という状態。自分のビートで引っ張っていってくれない。というか自分のビートが無い状態。

なので、点以外の舞っている部分もよくわからない図形。

しかもあらゆる楽器を聞いているのではなく、メロディーや聞きたいものだけを聞いている。

よって出されるタイミングは、遅くなっていくだけでなく、聞いている部分の揺らぎで、毎回ぶれぶれの想定できないものが繰り広げられる。どんどんわけわかんなくなっていくパターン。

弦管打楽器にそれぞれいろんな絡みをもたしてあるオーケストレーションだと、その極めて読めないタイミングに、数多くの?が派生。でも音を出さなければならないから、あらゆる音のあらゆるタイミングのるつぼになり、合奏どころではなくなる。

僕が考えるに、彼は極めてマニアックな音楽ファンであるが、指揮者としてやらなければならないことが一切わからない人。

つまり自分がやりたいだけ、それで名声が欲しいだけで、オーケストラと聴衆という大人数は、最終的には関心がない。



ここからが今日の主題。

この状態が一番不適格だとしたら、的確はその真逆を考えれば良い。


ファンのメンタルではなく職人としてやるべきことを、自らの研究から身につける。自分のビートを持ち、周りのタイミングを聞ききらず、自分のプランこそを持ち、周りに関心を持ちながら、はっきりとタイミングを示す。


実は指揮者だけではなく、楽器の演奏家も全く同じだと思うのです。


N響練習、レッスン

posted by take at 17:22| 活動報告