2019年04月19日

パワー丁寧


ベテランゾーンにさしかかろうという、とあるプレイヤーと話す。


「音変わったね。深く豊かに聞こえる。懐が深いみたいな」

「え?本当ですか……スタンスを少し変えました。吉川さんと話していて、丁寧に練習しようかと」

俺なんか言ったっけ?ま、いいや。

「でも前から雑にやってたつもりはないでしょ?」


僕は返しながらも、彼の言いたいことはわかっていた。

フレッシュから中堅ゾーンまで、有り余るパワーを練習の仕方にも注入し吹いてきたのを、それだけでなく細やかにソフトな脱力を盛り込み、そこからパワーの方へ向かうようなプログラミングの流れにし始めているのだと。



ふと……


人はきっとある年齢から自然と、丁寧に練習することに転じるのだろうと思った。

それは、経験値の積み重ね、蓄積がある瞬間気づかせる効率と理想でありながら、パワーで圧しきる体力の減退だけでなく、理想の内容の変化でもあるのだと思う。

逞しく鳴るだけが魅力じゃない。でかい、高い、速い、凄いじゃなくみたいな。

丁寧な取り組みは、結果パワフルな大きさではなく、空間を支配する豊かな大きさを生むのだと。自然とそちらへ転換する、そんな年齢があるのだろう。


さらにふと……


彼は「丁寧にした」というわけで、丁寧さの逆の雑さを今までの取り組みから感じたのだろう。雑というか、勢い優先というか。

でも、客観的に聞いたら彼は名手として、最良のキャリアを積んできているように見えるから、きちんとパワフルでありながら、間違いなく丁寧だったのだ。

新しい丁寧のパターンや、取り組み時間を増やしたということだろう。より丁寧を足したとか。


若い世代には、ここに目指すべき真理があることを知って欲しい。それは……


「常にパワフルと丁寧への欲求と実践が、当たり前でなくてはならない」という真理だ。


N響定期

posted by take at 16:16| 活動報告