2019年04月16日

本当のチームプレー


『本物のチームプレー、その姿』についてずっと考えています。


日本人はとかく「チームワークによる成果を出すことに長けている」と言われます。

スポーツの世界でも、個人のスキルを前面に出して闘うよりも、チームとして勝ちにいくことを狙う。

個人的に秀でた能力があっても、スタンドプレーはとにかく嫌い、チームプレーを優先した中での表現こそを美徳とする。和を乱すのは極めてご法度だ。

場合によっては、能力の高い選手がいなくてもチームプレーを駆使し勝ち抜いていったりもする。

そんな日本のチームプレーは、欧米の個人主義の中でのものとは、少なからずテイストが違うのだと感じています。


昭和のあの頃と違い、現代は、自分を圧し殺してまでのプレーに徹せよというわけでは決してないだろうが、全体の構成を守るありきの個人能力の発揮と、個人の能力の発揮ありきの全体作りという違いはあると思う。

僕は、日本人の美徳チームプレーは、本当に個人の能力が最大限余すことなく発揮できるものかどうかを、ずっと考えてきたのです。

これはスポーツのみならず、オーケストラやアンサンブル集団、実は仕事の現場である会社においても、全て共通していることだと思う。


2人から大人数まで、チームプレーで一番必要なのは「携わる人全ての最終目標が同じになること」だと思います。そのプロセスとして個人が貢献する。

役割や能力が違っても、とにかく最終目標が同じになり、各々がやるべきことをやり、それが違うやり口でも決して否定しない(これが何気に難しい)。

それははっきりしているが、その場合満足度や疑問なく取り組むこと含め、個人が削れずに表現できるかが、僕の疑問における課題でした。



『自分の喜びのために、周りの喜びを潜在的に意識でき、同じ最終目標に向かって、自分の能力を貢献させようという力を、無意識で使いきることができること』



今のところ、僕が出せた結論はこれです。


そして、オーケストラ含め演奏においては、プロアマチュア関係なく


『表現意欲に溢れていること』


この端的な言葉こそが、本物のチームプレーに必須なものだと思っています。


N響練習、レッスン

posted by take at 17:56| 活動報告