2019年04月04日

相手の立場


相手の立場に立つというのは、出来る出来ないという○×ではなく、クオリティ(精度)だと思う。



人は一種類ではなく、人の数だけ違っている生き物。性格、価値観、状況、状態……うまくいっているか否か。

自分以外のそれらを理解しなくてもいいという話は、実はない。

そして、皆多かれ少なかれ相手のことを理解しようとする(しなければならない)瞬間があり、出来たり出来なかったりしている。

ただ、「そんなん100パーなんか無理だから、ある程度でいいんだよ。ある程度だけでも相手の立場に立とうとするだけで立派だよ」というのは、しんどくなったときには慰みにはなるが、実は



『本当に相手の立場に立つ』



という最高難易度の難題こそ、人生最期まで追い求めていくべきことかもしれない、そう思う瞬間がありました。



そりゃ全く簡単じゃない。あらゆる人のあらゆる立場があり、我が感覚からすると、無限に広がっているフィールドとも感じられる。

そんな相手の立場とは違う自分の立場、気持ちや状況はあるわけで、相手になろうとすることで、自分を完璧に抑え込み押し殺すようなことができるかどうか、そもそもそれでいいのかどうかははっきりしていない。

ただ、より正確に、完全に相手の立場に立つことができるようになることこそが、自分の表現がより正確になる唯一の道かと思ったのです。


それがどんなに困難であっても、まずは認めようと決め、理解しようとし、できた(気がした)なら、そこからはじめて自分の価値観や立場を交えて相手に投げる。


とにかく「本当に相手の立場に立つことができるような人になる」。

それを目指す人生の旅こそが必要なのかと、今感じています。


休日

posted by take at 15:10| 活動報告