2019年03月24日

凄い音の未来


トロンボーンフェスティバルの際、久しぶりに会う先輩プレイヤーの方々とした話の中で、いくつか同じ意見があった。


「今の楽器って、ホント楽。簡単にいい音出るよねぇ」


そうですね。僕もそう思います。


今の若い世代の人に言っても意味がないししょうがないのだが、あの頃の楽器って今より抵抗が強く、響きが締まっていて、なかなか「いい音」に聞こえなかった。

つまり、美しくなく心地よくもない音がたくさんあった。

自分で練習して練習して、要領よく響かせる術を身につけ、サウンドを鍛えツボをしっかり定めないと「音が良くない」と言われ、周りとハモりにくく、音程もあさっての方へいき、そしてよくはずれた。

今は中学生の音を聞いても、あの頃の音大生よりいい音に聞こえることが多い。楽によく響いている。抵抗も少なく、あまり力みようもないのだと思う。

言ってもしょうがないのだが、やはり「あの頃は大変で、頑張っていい音目指してたんだよ」と言いたくなるのはわかる。


ただあの時代でも、素晴らしいサウンドの人はいたし、今よりは限られていたが凄い音をだす人はいた。

凄いというのは、響きや音像がハンパなくでかく、いったいどこがどうなっているのかわけがわかんないような立派な音。

だから楽器がきつかろうが楽だろうが関係ない、その人のもっている音で目の前の道具を響かせれば……

ただ、たとえばホルンのティルヴィリガーのように30年近く昔の103を使い続け、数年前にさすがにヘタったので新しい103に変えた場合。

ホルニストに聞いても、103も随分時代と共に吹きやすくなったと言う。そんな現代の楽器を、彼はどう感じたのかは、実は興味がある。


現代の楽器が、反応もバランスも効率もよくなったため、経験値の低い人でも聞きやすいいい音がでるようになったとして、

その楽器でスタートした若者たちの中で、限られた名音を出すような感性の人は、今まで聞いたこともない、更に凄い音、価値ありすぎる音がだせるようになるといい。

そんな時代がくるといい。

自分も、そんな風になんとかしたい。大多数の1人にならないために。


室内合奏団、ブロカート分奏

posted by take at 22:51| 活動報告