2019年03月13日

やましさを選ばない


「清原氏のイベントで見せた穏やかな表情。あまりに久々に見られた顔が印象的だった」

「その際本人から語られた“一番変わったことは、周りに正直にものが言えるようになったこと”という言葉に重みを感じます」

テレビで語られていたこれらのコメントは、改めて僕に大事な生き方を思いおこさせます。


犯罪者でなくても、私たち人間は皆、周りに対して隠し事をしながら生きている。つまり多かれ少なかれ、100%正直ではなく嘘をつきながら生活をしている。(本意じゃなくても同意するような罪なき嘘含め)


無人島でたった一人で生きるなら、一切虚偽なく正直に生きるだろう。

つまり人やコミュニティと生きたくてそれを選択する私たちにとって、その喜びの代償が

「嘘をつかざるを得ない」

「なかなか正直にならせてもらえない」

ということだと思う。


しかしこの副作用の打破は、コミュニケーションの対象である相手ができることではなく、自分の選択でしかなし得ない。


できうる限り正直に生きる。

表情にも表れてしまうような、やましいことをかかえてしまう生き方を選ばない。

嘘をつかなくてすむように、魅惑的だったり自分に都合の良いことでも、勇気をもって諦めるという判断、選択ができるようになるしかない。

その最上級が覚醒剤含め犯罪だとして、そこまでではなくても、家族はじめ周りに対してやましいことを選ばず、極力正直に生きることをする。

後ろめたさを宿す魔がさすような選択の瞬間がきたとき、その十字架を背負ったらどれだけしんどい時間がくるか、必ずやばれてしまい思ったよりも辛くなることの想定ができ、現状の幸せこそを感じ、選ばないという判断をする。

それこそ誰もとがめない唯一の方策。


そして、自分の保身のためにつく嘘の大半は、結果的に保身になってないことも知りたい。

周りはわかっている。なぜなら、みんながそう考えたりもする人だから。


清原氏の発言と表情こそが、周りが望んだ彼自身の幸せでもある。


N響練習

posted by take at 21:40| 活動報告