2019年03月12日

大槌駅よ永遠なれ

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今月23日に遂に再開通する三陸鉄道リアス線。八年のときを経てやっと!やっと!!釜石宮古間が電車で繋がります。

今日は新しくなった大槌駅を見に行きました。


僕はいわゆる“TETSU”ではないのですが、線路やホーム、そして駅舎を見た瞬間、えもいわれぬ喜びが溢れてきました。

駅というのは、あって当たり前みたいに感じるのがほとんどで、敢えて当然以上に意識することはないが、失われていた町のあらゆるアイテムの中でも、再登場がこんなに心揺さぶるものかという新しい気持ちに、自分自身で驚いてしまいました。

実際、地元の方々の利用頻度は低いだろうという予測はあるが、しかし釜石から大槌、山田、宮古という三陸海岸が電車で繋がったことは、あらゆる繋がり方の中でも特別過ぎるくらい重要なこと。

寸断されていたことの残念感、町々の孤立感は、現代社会らしからぬ悲惨さを助長し、なされていない復興の象徴のようでもあった。


震災直後の見るに耐えないあの惨状の中でも、特に駅の残骸、線路の断片はあまりに悲しいものとして記憶に刻み込まれている。


新しい駅舎はそれはそれは美しく立派で、いずれ多くの人がこの扉をくぐり、出会いや別れ、笑顔や涙に彩られ、賑わいに溢れるのだろう。

線路は、釜石方面宮古方面へとしっかりと根を張り伸びきっている。真ん中に立ち各々の彼方を見つめると、確かに大槌は繋がったのだとの確信ができた。


新しく区画され建物が建ちつつある内陸から線路を挟んだ反対側は、もう住んではならない場所に制定されており、かさ上げから鎮魂の森へと変わっていくのを待っている。

震災前は、駅付近のそちら側含め、大槌にある飲み屋は100軒は下らなかったと聞いた。町の大きさからすると大変な数だ。多くの船々が入港し、あらゆるものを積み下ろしていた、多くの人々の往来で賑わった町だったことが想像できる。

綺麗になりつつある町の課題は「人」。

厳しい見通しもあるが、住民の帰還、新しい人々の大槌への居住、訪問はかつての賑わいへの必須だ。

愛すべき大槌にとって駅の再開こそがその入口になって、あらゆる復興の加速への門になることを強く願う。


命を待つ駅の姿は、その予感に包まれた雄々しさを、確かに放っていました。


帰京
TETSUではない僕が駅や電車の登場に心から感動したのは、瀬戸大橋に続き今回二回目。23日の開通イベントには再び来て、一番列車を迎え、滞在の五分間、電車内を練り歩き演奏予定。楽しみだ。

posted by take at 17:48| 活動報告