2019年03月08日

妄想力+共感力


ブロッコリー+わさびは、栄養価も対病にも最強との記事あり。今旬の時期ですから、たくさん食べて力強く生きたいものです。



3.11も近く、改めて被災地に思いを馳せることができる。

どう思いを宿し、どう感じ、どう先へと繋げるのか。


離れて暮らす私たち、年月と共に記憶も印象も風化していく私たちにとって、全ては妄想力にかかっている。

あのあと数ヶ月、国民の大半は「この悲劇を忘れない」と口にしたし誓ったのに、やはり持続は難しく。

そんな私たちにも、改めてあの日にどんな別れがありどんな無念があったのかを妄想することはできる。するかどうか、どれくらいできるのか。



死にゆく人にとっての現世との別れ、その無念。

残された人の、納得できない別れ、無念。

その後の八年もに渡る、復興の道程の大変さ。

本当に目の前で愛する人や家族が水にのまれていくのを見た人たち。長年に渡って築き上げ残してきた自分たちのルーツが、瞬間に無くなってしまうこと。建物、物、歴史、経済、そして人を失った人の、受け入れから納得への心の経緯。苦痛と葛藤。現実逃避から死を選ぶ人。本当にどれくらい大変な時間だったのかへの、正確な理解。



全て、それを妄想できる人にしか、本当は「忘れない」という宣言を守ることはできない。

そして、その立場に共感する力をもった人ではないと、宣言以降の自分の何かしらの行動に、そのことを反映させることはできない。


僕はこの「妄想力+共感力」こそ、演奏家にも最も必要なものだと思っています。

社交力や理屈力、知力や話術、演出力やオーラなんていったものではなく(持つのは自由)、本当に必要なのはこれだと思っている。


今日楽聖たちは、コンサートの最後の最後にソングフォージャパンを演奏することになった。

僕の知っている彼らは、彼らのこの力を使って表現するだろう。

「この曲をやりさえすればよい、なにか善いこととして、繋がるという考えはやめたほうがいい。本当に必要なことは、君たちの心に何があるかだからね」

この言葉を聞いた後の彼らの演奏は、いつもと違っていた。

使うのは、心根こそが持っている力である。


東邦トロンボーンアンサンブルコンサート

posted by take at 13:10| 活動報告