2019年03月01日

滝、血液、そして音


皆さんは、観光地含め流れる滝を見てこう思ったことはないだろうか。


これ、観光客が帰った後も、夜中も、24時間365日ずっと流れとるんやろか?人が見てないときも流れるなんて、別に止まってもえんちゃうん(愚かしい人間主体論理)。それとも全員帰ったあと、あそこの売店のおばちゃんがスイッチ切ったら水止まるんかなあ………いやあ、こんなおっきな滝でそれはないわ。自然って凄くて偉大やなあ(感覚正常化)


「跳べない豚はただのサムギョプサルだ」と、ポルコロッソが言ったかもしれないが、「流れない滝はただの崖だ」という戯言は置いておいて、滝の魅力は水が大量にスムーズに流れ続けるということだと、私たちは潜在的に感じていたりする。



皆さんは、心臓の力の偉大さをこう感じたことはないだろうか。


心臓って凄いなあ。お母さんのお腹の中で動きはじめて、そこから80年くらい、24時間毎日止まることなく寝ている間も動く。

同じように血液も流れ続ける。何十年も止まることなく流れ続ける。凄い。


ドロドロでなくサラサラにという理想が、感覚的に本当に身に染みたりすること含め、私たち人間は、身体の中を流れているものがあるおかげで、血液が流れ続けることによって生きていけていることを、潜在的に感じていたりする。



どんな音が、聞いている人が聞きたがる音だと思う?

「響きが多くて、芯がしっかりあって、艶があって、いろんなニュアンスに変化できて、心に響く……」

そうだよね。それはどんな音かっていったら、動きが聞こえる音だと思う、動きが感じられるというか。

息が流れているというムーブメントが音からわかる、感じられる。

とにかくスムーズに。スムーズに流すことができるかどうか。

僕が弦楽器が好きで同時に羨ましいのは、ビジュアル的に動きが見えるから。腕動かすの止めたら音なくなるよね。だから彼らは、動かすことと音が出続け、時間と共に運び続けているという感覚が合致するのが当たり前。

管楽器の場合は「音色」と、瞬間の色を感じることに意識がいきがちになるので、弦楽器の動きはヒントとしてとても重要だと思うよ。


ドバーーッ!!

サラサラーーーッ!!!

スーーーーーッ!!!!


みんな流れてなんぼ。


川越へ

posted by take at 13:21| 活動報告