2019年03月26日

ZIPANDA

ジパンダ.jpg

渋谷でZIPANG。

新しいデザインも御披露目。積年のアイデアがついに家人の手によりデザイン完成。そのうちグッズにしますので、皆様是非お手元に。

高嶋圭子さんものぞきにいらした練習は、ミューラーのドイツ曲集オンリー。パート入れ替わりながら、どんどんやりますが、白丸のハーモニーがいい感じの配置でのフォルテなら、いつものようにオケでの響かせ方に自然となります。

量たっぷりの温かい息を、しっかりとしたコシで注入し続け、日フィル、新日フィル、読響、N響の混合セクションにより、大ホールブルックナーハーモニーのように響かせ続けきります。決して汚くうるさいわけではない、巨大な響き。


「やっぱりついついこうなっちゃいますね。若くて上手いカルテットでも、なかなかこのサウンドはだせないと思います。てか、オケマンの性ですね。こうしちゃうのは」


高嶋さんに言い訳のような自慢のような説明をしながら、名曲が響いていきます。


二時間半たっぷりやりきって、道玄坂のイカセンターへと消えていく五人。

旨いイカと日本酒で、笑いと大騒ぎの1日フィナーレも、きっちり響かせきりましたあ。


ZIPANG

posted by take at 17:34| 活動報告

2019年03月25日

ホットマト


大槌では、毎度の花ホテルにて豪華な夕食をいただく。

海鮮が素晴らしいこの町では、刺身やカキなどとやっぱり「わかめのしゃぶしゃぶ」は外せない。

今回も大皿の上に家長のわかめ、はくさい、水菜、青菜、豆腐たちしゃぶしゃぶファミリーがどかーんと……ん?

いつもはいない面々が、イタリアンカラーのように艶やかに鎮座しているぞ。


パプリカの細切りに、トマトの薄いくし切り


ト!トマト?!これ、しゃぶしゃぶの具材だよね?サラダが一緒に乗ったの?

中居さんに聞いたら「軽くしゃぶしゃぶしてください」とのこと。


三陸にて、わかめがしゃぶしゃぶの主役と知った瞬間はかなりびっくりしたが、トマトとは驚愕と共に疑念が。

あまりに長くコアにつきあってきた濃人(こいびと)であり、まさか熱湯にくぐらすなんてことはまるで想像もしたことなく、ホンマに味わえるもんなんか?とおそるおそるしゃぶし…


おいしいやん!!


温まったトマトをゴマだれと絡め口に入れると、想定以上にフツーに美味しい!!!

考えてみたらサラダ以外には、ピューレ状はじめ火を通したトマトこそが味の核となり、あらゆる料理として、なんなら生より国際的人気者として、実力たっぷりブイブイいわせてるわけで。


甘味が少し増したその味は、なんで普段やらんの?と問いかけているよう。

是非お試しあれ。


休日

posted by take at 17:15| 活動報告

2019年03月24日

凄い音の未来


トロンボーンフェスティバルの際、久しぶりに会う先輩プレイヤーの方々とした話の中で、いくつか同じ意見があった。


「今の楽器って、ホント楽。簡単にいい音出るよねぇ」


そうですね。僕もそう思います。


今の若い世代の人に言っても意味がないししょうがないのだが、あの頃の楽器って今より抵抗が強く、響きが締まっていて、なかなか「いい音」に聞こえなかった。

つまり、美しくなく心地よくもない音がたくさんあった。

自分で練習して練習して、要領よく響かせる術を身につけ、サウンドを鍛えツボをしっかり定めないと「音が良くない」と言われ、周りとハモりにくく、音程もあさっての方へいき、そしてよくはずれた。

今は中学生の音を聞いても、あの頃の音大生よりいい音に聞こえることが多い。楽によく響いている。抵抗も少なく、あまり力みようもないのだと思う。

言ってもしょうがないのだが、やはり「あの頃は大変で、頑張っていい音目指してたんだよ」と言いたくなるのはわかる。


ただあの時代でも、素晴らしいサウンドの人はいたし、今よりは限られていたが凄い音をだす人はいた。

凄いというのは、響きや音像がハンパなくでかく、いったいどこがどうなっているのかわけがわかんないような立派な音。

だから楽器がきつかろうが楽だろうが関係ない、その人のもっている音で目の前の道具を響かせれば……

ただ、たとえばホルンのティルヴィリガーのように30年近く昔の103を使い続け、数年前にさすがにヘタったので新しい103に変えた場合。

ホルニストに聞いても、103も随分時代と共に吹きやすくなったと言う。そんな現代の楽器を、彼はどう感じたのかは、実は興味がある。


現代の楽器が、反応もバランスも効率もよくなったため、経験値の低い人でも聞きやすいいい音がでるようになったとして、

その楽器でスタートした若者たちの中で、限られた名音を出すような感性の人は、今まで聞いたこともない、更に凄い音、価値ありすぎる音がだせるようになるといい。

そんな時代がくるといい。

自分も、そんな風になんとかしたい。大多数の1人にならないために。


室内合奏団、ブロカート分奏

posted by take at 22:51| 活動報告

2019年03月23日

負っけないぞー進めーー!!!


時折雪舞い風吹く寒い大槌ですが……


三陸鉄道リアス線開通!記念列車を迎えるイベントを待つ駅はなんのその!!すんごい賑わいで盛り上がりまくり!!!

11時半からのリハーサル。電車内で演奏するトランペット、サックス、トロンボーンの我々三人以外、ホーム反対側の外を埋め尽くすのは150人以上の演奏隊。吹奏楽、弦楽、合唱他旗降る町民の大群衆で熱量マックス。

大槌のテーマ、ひょっこりひょうたん島を全員で練習。まんま12時2分にやってくる一番電車を待ちます。


8年ぶり、待望の電車が彼方に見えたら合図有り。全員で演奏しながら迎えます。

我々三人と、お土産配りの観光大使、はなわとみちのく兄弟、地元の選ばれた子供たちで、政府要人の乗った車両に入り吹くわ配るわ。

5分間の復興狼煙フィーバーの後、地元寅舞に見送られながら、電車は山田へと発車していきました。

我々は割れんばかりの拍手で、イベントを自画自賛的に讃え、再び賑わう駅前にて様々な人々と交流です。


僕はひょっこりの歌詞、小学生が考え受け継がれながらKSKやリップルでも踊られているダンスも、ちゃぷちゃぷの間の手もめちゃくちゃ盛り上がって大好きで今回の暗譜演奏も結果ノリノリ。

途中の歌詞「進めー」のところのオクターブずりあげは、トロンボーン吹きとしての音楽性を全てエネルギッシュグリッサンドに注入し何度もぶちかましました。

復興と町と人の生きざま、全てのテーマとして、これからもみんなでこの音楽を未来へと放っていくのだー!!

泣くのはいやだ 笑っちゃお、進めーーーっ!!!!!!


♪♪♪♪波をちゃぷちゃぷちゃぷちゃぷかきわけて
(ちゃぷちゃぷちゃぷ)
雲をすいすいすいすい追い抜いて
ひょうたん島はどこへ行く
ボクらを乗せてどこへ行く
(ううううーううううー)
丸い地球の水平線に
何かがきっと待っている
苦しいこともあるだろさ
悲しいこともあるだろさ
だけどボクらはくじけない
泣くのはいやだ 笑っちゃお
進め!
ひょこりひょうたん島
ひょこりひょうたん島
ひょこりひょうたん島♪♪♪


三陸鉄道リアス線開通記念イベント
僕とマザーグースコーラスのステージは、いい日旅立ち、上を向いて歩こう、瑠璃色の地球、走れ三鉄。完璧なプログラミング。大槌愛溢れまくり。

posted by take at 14:01| 活動報告

2019年03月22日

空気製造者の資質と責任


オケマンとしても大学の指導者としても大先輩にあたるとある方の言葉


「吉川、俺は大学で先生をやっていいやつは、本当は限られてると思ってる。そうじゃないやつがたくさん、学生相手に偉そうにしてるけどな……」


突然発せられたその価値観は「さあ、お前はどうだ」と問われているようで、強い緊張の中に身を置いたのを覚えています。



真に良い指導者とはという考察で、以下のみっつが優れていることを兼ね備えているのが条件だとの意見を見た。


「演奏レベル」

「指導力(洗脳力ではない)」

「人間性」


優れた演奏家イコール優れた指導者ではない、逆もまたしかりというのは、あらゆるジャンルの人が、我がフィールドのように感じるだろうことは、容易に想像できる。

人間性を絡めると、更に多様化。そして、そんな人たちも確かにいる。



1.演奏家としてはピカ一、指導者としては冴えず人間もよろしくなく

2.演奏も指導も成果をあげるが、人間がアウト

3.演奏家として人として魅力的だが、指導者としては結果に繋がらない

4.演奏はだめだが、指導者として人間としても素晴らしい

5.演奏も指導もだめだが人間は素敵

6.教育は成果を出すが、演奏も人間もだめ



みっつ共駄目な人はそもそも選任されないだろうから登場しないが、確かに全てを兼ね備えている人は限られている気がし、そんな人だけに資格があると言い切れば、先人の言葉は強く説得力を放つ。



実は教育の現場の最終結論は、若者たちに訪れる充実こそが価値の全てだ。やるべきことは、若き人たちを導くことなのだから。


そんな彼らには、素晴らしい環境が必要だ。

疑う気持ちが蔓延する殺伐とした環境にいると、しっかりした人間でも蝕まれていく。

逆に希望が存在し、信じる気持ちに充ちている環境なら、あらゆるレベルのポテンシャルが活躍でき、先の長い人生の糧になるような学びや気づきが得られる。

それもこれも、作り上げるのは構成員である若者というよりは、実は携わっている大人だ。コミュニティの環境は、そこに加わってきた若者の力では、いかんともし難かったりする。

細かいディテールは学生個人でも空気は作れるが、伝統のように覆っている価値観の柱は、ほぼほぼそこにいる大人の産物であり、もっとも変えようがないもの。

だからこそ教育者には、当人が思っているより重い責任がある。


みっつの条件こそを胸に刻み、勘でものを言わず、真摯に向きあうしかない。

がんばります。


大槌へ、ホールの音響チェック

posted by take at 13:11| 活動報告