2019年02月20日

ノーリアクション ノーマネー


「億万長者になる秘訣」みたいなのをテレビでやっていて、杉村太蔵さんがその代表として語っている。

何かと笑われることの多い芸風の彼だが、タレント収入だけでなく株式投資で財を築いていることは、知られるところとなっている。


その語り口は相変わらずチャラ風情熱系だが、最初に言ったのは「必ず何かを足す」。

たとえば上司に「ボールペン持ってきて」と言われたら、一本でなく色違いで三本、そしてメモ帳もつけることで人脈が広がる。

次に「リアクションは大きく」。先輩や上司に御馳走になる場合、黙って食べるなんてありえない。必ず「美味しいですねぇ。僕もこんな美味しいものを若手におごれるようになれるよう頑張ります!」。それで印象も変わるし、距離感も近くなると。

まあリアクションを躊躇せず盛り目にとのことで、普段の彼そのものらしいのだが、でも僕はその価値観は理解できる。


お金に繋がるというのは、いかに仕事をもらえるか(与えられるか)だし、財テクならいかに情報がもらえるか。それは全て周りからの印象と評価にかかってるわけで。

もちろん寡黙でもよい人間はいるし、リアクションは賑々しいが怪しい人間性というのもたくさんある。

しかしいくら以心伝心が好きな日本人でも、自分が黙っていても自分の希望通りにあれこれ与えてもらえるほど甘くないし、実はどうしたがっているのかだって、他人には思ったより関心がないし、本心もわからないものだ。

つまり、黙っているというのは「何も欲しくないんだな」と思われてもしかたがないのだ。


そこが親とそれ以外の人たちの違うところ。親のように無条件で親身になってくれる人は一人もいない(夫婦は別)。つまり親のスタンスを基準に、社会にいる人を見つめるのはそもそも間違っている。そんな親にだって、本音を言えないと理解されてない結果になることもある。


最期に杉村太蔵さんは


「ノーリアクション、ノーマネー」


と言って笑いを得ていたが、実は深く的をついていると思った。


若い人は、仕事をする能力があればできることになると思っているかもしれないが、それだけでは仕事もお金も与えられるとは限らない。

全ての人はお金を手にしたがっているし、だから仕事を求めている。自分がしたい内容の仕事は、他にもやりたがっている人がたくさんいる。


仕事ができる能力はもちろん必要だが、仕事が与えられお金に繋がるための能力は別だと考えるべきだ。


N響定期
もちろん口ばかり達者で仕事自体ができないのは論外で、そんな人たちはいずれ怪しげな仕事に手をそめ、場合によっては犯罪者としてマスコミに登場することになる。

posted by take at 22:39| 活動報告