2019年02月09日

楽譜に書いてある通り その2


実は楽譜に書いてある通りに演奏しているかどうかは、最終的にはさほどの価値はない。

楽譜の通りに演奏できているかどうかをはかるように審査するのは、実は専門家じゃなくても誰でもできるような簡単な作業。

合奏においてもソロにおいても、ついつい楽譜の通りかどうかからはかろうとするパターンは散見するが、それは演奏にそれ以上の魅力の欠如していることが原因だったり、審査する方も本当に意味ある表現が理解できてなかったりするから。


楽譜の通りに演奏する練習を続けてしまうと、本当に楽譜そのもにべったり貼り付いてしまい、離れられなくなる。

楽譜の通りばかりをレッスンで要求すると、生徒は表現を探すことを見失ってしまう。

譜読みが済んだら、なるべく早く離れ、自分の感情表現を探すという練習を繰り返すべきで、レッスンする方も、多少の譜面との違いはスルーするくらい、違うことを見つめ要求すべき。


学生の頃、スローカーのレッスンを受けていて叱られた経験がある。

質問はないか?と言われ、楽譜のミスなのかどうかわからず、普段からみんなで議論していた箇所に対する見解を続けて聞いたら


「なぜ日本人は、いつもそんな質問しかしない。この楽譜は合っているかばかり。そんなことどうでもいいだろ!!」


ちょいちょい譜面とは違ってたりするが表現意欲に溢れた演奏と、完璧に楽譜の通りだがそれ以上に感じるものがない演奏と、どちらがいい?と生徒に聞いてみた。

極みは、ミュンヘンコンクールでの、指定と違う課題曲を吹いて予選を通った人がいるというエピソード。譜面の箇所どころか曲が違ったのに。

いまだに理解が困難だが、少なくとも言えるのは、日本では500%あり得ないということ。

死ぬほど上手くても、審査員は絶対に通せない。

日本人にとっては正しいことが良しであり、間違っているのは悪いになる。



しかし、演奏に本当に必要なのは、正しいことではないはずだ。


自戒の念を込めて叫ぶ。


いつまでも楽譜に書いてある通りに吹く、そんな練習を続けてるんじゃない!!


休日

posted by take at 20:53| 活動報告