2019年02月03日

コンクールとリサイタル


「コンクールでのあの人の演奏、リサイタルみたいだったんですよ」


時々聞く賛辞なのだが、僕には違和感がある価値観です。

コンクールでの演奏がリサイタルでやるものと違うのが大半だとしたら、いかにもコンクールらしい演奏というものがリサイタルで聞けるのと違うのだとしたら、それはどんな演奏なのだろう。

リサイタルだと自由闊達で、コンクールだと型にはまったような堅苦しさがあるということだろうか?

オーケストラのオーディションにおける課題曲ならわかるが、ソロのコンクールで、リサイタルで披露する演奏と違うのが大半だとしたら、それは何を評価する場所なのだろう?

あまり自由なイメージの個性を出しすぎるとコンクールでは評価されないから、出来る限りスタンダードで楽譜を逸脱しない演奏をというなら、やはり評価の観点が片寄っていて、コンクール自体の価値に疑問が出てくる。


リサイタルみたいな演奏というのがクオリティが高く、大半がそこまでたどり着けていないということなのだろうが、受ける人が自分の何を評価してもらいたがっているのか、そもそもなぜコンクールを受けるのかということがぼやけているとしたら、きっと受けるだけ無駄で、意味のない労力となる可能性は高い。


僕はコンクール懐疑論者ではないが、それでも時代の流れの中で、社会とコンクールというのはゆっくり変わっていっている気がしています。


音楽を演奏していきたい人が理解しておくべきは、聴衆としてコンサートを聞くというごく当たり前の聞き方に比べ、コンクールの聞き方(最初から加点や減点を探そうと聞く)は凄くアブノーマルな聞き方であり、だからそれ用に仕上げようというのは、演奏行為としても決してノーマルではなく特別なやり方だということ。


合奏のコンクールにありがちだが、しかしソロは個人の音楽性こそを評価するもので、リサイタルで聞けるものと違うものというのは、やはりよくわからないのです。


帰京、レッスン
あの吹奏楽団の定期演奏会、コンクールみたいに完成度が高かったというならわかるし、大半のバンドはその方向を向いて取り組んでるでしょうし。

posted by take at 19:18| 活動報告