2019年01月11日

本当に必要なもの


今持っている技術は、君の表現したいこと、そのレベル、意欲の分だけであり、それ以上ではない。

ふと、そんな言葉が浮かんだ。



ルーベンスの、巨大なエネルギー、強靭な力強さを放つ意欲と、やはり大半の画家とは一線を画すその画力に圧倒され、へとへとになりながら美術館を出る。



技術は大事だ。高い技術。

高い技術とそこまででもない技術は、客観的に見ると結構差がわかってしまう。0コンマ何秒差でも、横からゴールを見つめるとはっきりと順位がわかってしまうように。


しかし、表現したい内容、どれくらい伝わりたいかの量、その性分ともいえる本人にとっては当たり前の意欲が人並み外れていることは、やはり技術よりも先にもちあわせているべきものだと理解しなければならない。

その希望の内容こそが、それこそ人並み外れた技術の修得へと繋がる唯一の種であり、意欲がエネルギーを燃やす燃料である。

さほどのことを表現したいわけではなく、更に意欲も希望もたいしたことないのに、技術だけ学ぶことに、どれだけの価値があろう。

まあまあ美味しいものを食べて、心から「美味しい」と満足できてしまう人には、その料理をそれ以上に美味しく仕立てる力はないように、それより高い技術とは、その美味しさでは満足できないことが当たり前の人にしか宿らない。


ルーベンスの後に、他の画家の同じ題材の絵を見たとき、今まで感じたことなかった、画力の低さ、技術の稚拙さを感じる瞬間もあった。


みんな、足りないのは努力じゃない。足りてないのは理想だ。


大塚へ、聖徳吹奏楽練習
マーラーの一番のフィナーレは、ルーベンスの世界、『聖アンデレの殉教』だなと音が廻った。

posted by take at 16:26| 活動報告