2018年12月20日

本当の自分への過程


とてもクオリティが高く、世の中に広く浸透するものがあるとする。

ただ、自分の趣味としては

それが素晴らしいしのはわかるし、良いところは良いと感じるが、本当に自分が欲しいスタイルからすると、足りないものがある

という感覚になることが、大半だと思う。


まわりくどいですね。

つまり世の中から称えられているような演奏の中でも、支持率が高いものに対して、

いいのはわかるけど、本当に自分が聴きたい、やりたい演奏とは何かが違っていて、足りてないものがある

ということ。


世界が同じようなスタイルになっていくのは、情報の流通の進化、教育の共有化が影響しているのは確かですが、すべての演奏家が我が本音ときちんと対峙すれば、

どこか違うんですよね

となるはず。指揮者だって似通ってきているとはいえ100人が振れば100種類のベートーベンにはなるわけで。


で、やはり最後は「本当に自分が聴きたい、したい表現」をするために、説得力の強い教育や多数から支持されているものを取り入れながらも、


「それと相反するような何か」


を探しだし、試し、取り入れることが必要だと思います。

でないと、最期まで「後悔の連鎖」になるか、「やりきれないことによる消化不良の不快」と生きていくことになる。


とにかく、自分の中から湧くものも外から聞こえてきたものも「あ、いいな」と思ったものは試してみて、それを継続するかどうかは我が運命に委ねる。それの積み重ねからの融合が、結局自分の本音(本当の音たち)なのでしょう。


ただ、その都度悩むことになるので、それを疎ましく思わず、ちゃんと悩んで、ちゃんと大きくなるしかない。


休日

posted by take at 12:57| 活動報告