2018年12月16日

感謝と謝罪


感謝を教えるのは大事。同時に謝罪を教えることの重要性を、ここ韓国で感じるきっかけがあった。

胸を張って誇らしく、雄々しく生きることと、自分が犯した罪、もっと言えば自国の先人が犯した罪について、きちんと理解することから謝罪の心を学ぶ必要があると。


僕は永らく、生きるためのプライドや感謝、それと「謝ることができること」ということは、分けて考えてきました。

しかしプラスとマイナスは、やはり同じだけ持ち合わせてなくてはいけないと気づかされました。


「謝らなくてもいい時代」はとっくに終わっているし、年長者こそが謝らなくてもいい雰囲気で生きる時代の終焉は“明らかに”きています。


ただ謝ることは、特別に独立したことではなく、反対側にある誇らしく持つプライド、自分のアイデンティティーの擁立に、実は必要な要素として、幼少の頃から正確に知り、それに対する真摯な謝罪の気持ちの必要性を宿すべき。そうしてはじめて身近な周りと、更に世界中ときちんと付き合えるのではないでしょうか。


生き抜いていくことに必要なたくましいプライド、そして感謝を宿すことがプラステイストなら、この「正確に罪を理解しきちんと詫びること」というマイナスがセットとしてはじめて成立するのだと、確信を持てる夜になりました。


釜山の旅

posted by take at 09:16| 活動報告