2018年12月01日

質感


演奏や音が「美しい」ということはとても価値があると思う。

ただ、それは人が感じる魅力の全てでは当然ない。

どう歌うかとか音楽性の話ではなく、質感をしっかりと音に宿すことの重要性を感じる瞬間がありました。

楽聖たちの音も演奏も年々美しさを増しており、たどたどしさから感じる発表会テイストもかなり薄れ、本物の演奏家らしくはなってきている。

そんな彼ら一人一人と、しっかり吹き込むトレーニングからのディスカッションを繰り返し、そしていつものカルテットを聞く。

部屋もいつもの空間なのだが、実は感じることが大分違った。

美しさが鼓膜を喜ばすだけではなく、彼らの質感が、これまでは振動させきれなかったのだろう床や壁を震わせ、それが僕の足元から身体の中心へ向かってはっきりと伝わってきたのだ。

それが演奏を聞く快感のひとつであることは間違いない。

つまり、美しさやニュアンス、歌だけでなく、質感がもたらす振動を、聞き手として身体の中心まで震わせてもらうというもの。


音楽や音を聞く悦びを、できうる限り多種多様に提供できる演奏家になってはじめてプロとしての資格が獲られるのだとしたら、この部分は絶対避けては通れないものだと感じた。


というか、金管奏者として、かなりコアに追い求め続けなくてはならない項目の筆頭な気がしてきました。


帰京からの川越へ

posted by take at 14:13| 活動報告