2018年12月11日

本日の確言


演奏というのは、始めたら停めてはならない、止めてしまってもならない、ちょんぎってはならない。

演奏というのは、始めたら停まらず、終わりにせず、繋がったまま、最後の音が終わった後の静寂まで流れ続けなければならない。


川越へ

posted by take at 17:50| 活動報告

2018年12月10日

良かったね


高校生、大学生に続けて、音楽の価値について話していたら、


「君たちが思っているより素晴らしいものだ」


との結論づけからスタートし、あらゆるシーンを振り返ることに。


出会いから若き時代、震災を経験からの被災地と音楽の必要性、そして生死を分ける大病との闘いから、音楽への憧れで生き返る人との時間からの、様々な悟り。

で、結論を確信にしたのが、


「音楽は人を生かし、そして殺さない」


若者たちには、最期に


「良かったね、音楽を選んで」


と投げ掛け話を終える。


被災地で経験した、真理にたどり着くまでの時間からの気持ちの変化が、本当の音楽の存在理由を理解させ、病を乗り越え命を繋げることを目の当たりしたことが、人間にとって衣食住だけでは生きていけないことをわからせてくれ、音楽こそが人を生かしているとすら思わされたから。


好きだという気持ちだけで今の環境を選んだのだと思うが、実は本当に素晴らしいものを人生の伴侶にすることになったわけであり、故に君たちの人生こそ充実したものになる。


僕もあの頃は、憧れだけでわかっていなかった。しかし選んだまま進んで、今そう確信している。


結局、想像している以上に素晴らしい、信じられないくらい素晴らしいものを選ぶことができたんだ、君たちは。


川越へ

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2018年12月09日

ネットVS勘


若者たちよ

勘でものを言おう

実は真実と違ってたとしても構わない。


周りに迷惑がかかる、良くない影響があるなら、取り返しがつかなくなるくらい具合が悪くなるから、きちんと真実を確認してから語るべきだろうが、よく考えたら大半がそうではない。

そうでないコミュニケーション上での自分の意見や気持ちなら、とにかく思った時に思ったまま語ってみよう。



情報クリア手軽入手時代だから、たしかに調べれば直ぐわかることも多い。

しかし

「正しいことを言え」
「きちんと調べてから言え」
「未熟なら黙ってろ」

といった目に見えない圧力が、君の言動を抑圧し心の負担になるなら、気にしなくていいから勘でしゃべってみよう。


「あの人はいい人だ」と思ってそう言ったら、実は悪人だった。伝えた相手が「自分にはわかっていた。君は人のことがわからないんだねぇ」みたいに見てきても、気にすることはない。

君が「いい人だ」と思ったならそう発言し、しかし世の中にはそう見えてそうでない人もいるんだと、ひとつお利口になればいいだけ。

良くないのは、自分の考えや知識に自信がなく、発言を控える癖がついてしまい、ストレスは溜まれど学んでいけないこと。


実は、現代ほど情報がクリアではなかった時代は、皆ほぼほぼ勘でものを言っていた。検証しようもなかったりするから同意したり、また勘VS勘でよく喧嘩にまでなったりしていた。

そうした経験で、失敗から賢くなり、そして周りを信用することも覚えていくものだ。

今偉そうに言っている年長者の大半が、そうやって大人になってきた。勘でものを言って、それなりにきちんと大人になってきた。


みんな、勘でものを言おう。

気がついたら、その勘が真実とリンクする確率が高くなっていく。

つまり自分の勘が研ぎ澄まされるように成長していくから。

そして人の表現に対しても、おおらかに見つめられるような人になろう。


それがスマホに勝つ、唯一の道程だと思う…………多分。


川和高校管弦楽部レッスン、ブロカート

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2018年12月08日

自動グリッサンド機


僕は、今まで自分で設定してきた音だしルーティンの半分くらいが、グリッサンドのパターンだったりする。

リップスラーをゆっくりやる時もだが、ロングトーンに求めている効果をグリッサンドにも期待して取り組んでいる。つまり音程を変えることによる柔軟性の向上と別に、均一性を要求することにより音色を良くしたい目的が強い。


最近、1ポジションから6ポジションのグリッサンドをとにかく往復し続けるというのを取り入れて響きを作っているのですが、気分は完全にロングトーン。そうするとひとつ希望がわいてきました。



自動グリッサンド機できないかなあ……



僕はとにかく音を伸ばしそれを聞くだけに集中したい。機械が勝手にスライドを往復してくんないかなあと。

な、なんという横着!!

だって数往復したら腕が疲れてしまって、その度に中断しなければならないから、何気にロングトーンみたいに時間使えないんだもん。


なんなら楽器自体マシンが支えてくれて、そしてスライドも動かしてくんないかなあ?

なんという横着者!!!

だって中断したら大抵楽器を下ろすし、それをおしてまで持ち続けていると、首や背中や腰に良くないことがやってくるんだもん。


この希望は愚かしいっすか?


N響定期、錦

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2018年12月07日

美しさの不平等


ある人が、大変に興味深い発言をした。


「高い音域の楽器は美しい音って言われるけど、中から低音の楽器は実はそういう印象にならない。美しく演奏できてても、いい音だって話になるよね」


フルートやオーボエは「美しい」とか「綺麗」とか言われるが、ファゴットは正直「いい音だ」と感じても「美しい」という印象にはなりにくいと言うのだ。

これは賛否両論ある意見だろうし、例外もある。

トロンボーン界に長く身をおくものとして振り返ると、たしかに「あの人の音は綺麗」と言うより「あの人いい音だね」と発言したことの方が圧倒的に多い。

ただそんなトロンボーンには、ミシェル・ベッケという例外がいる。彼の演奏を聴いた人の第一印象は、とにかく文句無しに「美しい」であろう。


僕はこの意見を間違っているとは思わない。ピアノを聞いていて、やはり高音域からはキラキラした美しさを感じても、たとえ同じように音が発せられていても低音域に同様のことは感じにくい。

もう少し深く感じてみると、いい音の内容も高音域と低音域では多少異なる気がする。低音域の方が、質感に対して感じる割合が高いのだと思う。


いずれにせよ、中低音楽器にとって、まず「美しい」と感じさせることは、実は難易度がとても高いことなのだろうし、演奏家の欲求も「いい音」の方へ向きがちだ。

ベッケのように、そのハードルを克服した音というのは、やはり特別な音として称えられるに相応しいものなのだろう。

顔のみならず容姿全てから圧倒的な美しさを感じる男性がいたとしたら、女性もまさに「顔負け」になるのかもしれない。

とにかく、美しくない高音域は論外として「トロンボーンをいい音で」もいいのだが、


トロンボーンこそ美しく


は、克服し甲斐のある山なのだろう。


N響定期

posted by take at 16:52| 活動報告