2018年12月21日

たとえどう変わっても


今DVDで観ているドラマがかなり面白いのですが……

ヒロインの状況なかなかに悲惨で、いつか救われる日を夢見てこちらも見続けているわけです。

資産家の娘、高校生の頃は明るく純粋で好きな相手一途。相手もこの娘が好きだが訳あってそう表明できず、よって一緒にはなれず。だが15年後に再会したときは、彼女は家の陥落からの貧乏生活、父親も死に追いやられ、借金の取り立てやとして人間が変わったように(本当は変わっていない)きつい言動からの、すさんだ生活を送っている。ノー笑顔。そんな彼女を、彼は物凄く傷つきながらも、黙って見つめるしかない……


もちろん作り話だが、年月が経つと状況が変わるというのは現実と一緒。

実は、若いときから年をとるまで、あまり状況に変化が無い人の方が少ないんじゃないでしょうか。

あんなに企業家として栄華を極めた人は今は塀の中。スポーツの世界でも、相撲界は数年前とはまるで違う見え方、フィギュアのように次から次へとニューヒロインとなると、現在がいつまでキープされるのか不安になるほど。

年齢を重ねて、結果うまくいっている人、具合が悪い人。思い返してみたら、若い頃は皆可能性の宝庫として、同じように扱ってもらっていたし、ある意味自由に平等に生きられていた。


これまたドラマの台詞。ある二人の女性の会話。

「恋愛ですか?私は相手の幸せを本気で願えるくらいの気持ちになれないと、恋愛はできないかなあ」

「…私のこと軽蔑してるでしょ?」

「え?」

「不倫……」

「あ、いや…」

「私も前は不倫なんてあり得ないと思っていたし、している人を軽蔑してた。でも気づいたらこうなってて。なんでなんだろうって。自分の気持ちって、自分の思い通りにはならないのよね」


自分の気持ちは確かに思い通りにならないことはあるが、そうでないときもある。

そして老いていくこと含めやはり状況は変わるものであり、それこそ希望通りか、想定内か、想定外か、それどころではなくなっているか、今は本当にわからない。

それでも、変わることは変わる。


変わった状況を受け入れる勇気と、どうなったとしてもそこから一ミリでも上がっていける。これからも過去にしがみつかず、未来を見つめられる気力を持って生き続けたいと願うばかり。


休日

posted by take at 17:21| 活動報告

2018年12月20日

本当の自分への過程


とてもクオリティが高く、世の中に広く浸透するものがあるとする。

ただ、自分の趣味としては

それが素晴らしいしのはわかるし、良いところは良いと感じるが、本当に自分が欲しいスタイルからすると、足りないものがある

という感覚になることが、大半だと思う。


まわりくどいですね。

つまり世の中から称えられているような演奏の中でも、支持率が高いものに対して、

いいのはわかるけど、本当に自分が聴きたい、やりたい演奏とは何かが違っていて、足りてないものがある

ということ。


世界が同じようなスタイルになっていくのは、情報の流通の進化、教育の共有化が影響しているのは確かですが、すべての演奏家が我が本音ときちんと対峙すれば、

どこか違うんですよね

となるはず。指揮者だって似通ってきているとはいえ100人が振れば100種類のベートーベンにはなるわけで。


で、やはり最後は「本当に自分が聴きたい、したい表現」をするために、説得力の強い教育や多数から支持されているものを取り入れながらも、


「それと相反するような何か」


を探しだし、試し、取り入れることが必要だと思います。

でないと、最期まで「後悔の連鎖」になるか、「やりきれないことによる消化不良の不快」と生きていくことになる。


とにかく、自分の中から湧くものも外から聞こえてきたものも「あ、いいな」と思ったものは試してみて、それを継続するかどうかは我が運命に委ねる。それの積み重ねからの融合が、結局自分の本音(本当の音たち)なのでしょう。


ただ、その都度悩むことになるので、それを疎ましく思わず、ちゃんと悩んで、ちゃんと大きくなるしかない。


休日

posted by take at 12:57| 活動報告

2018年12月19日

旅を思う


海外は演奏旅行でも家族旅行でも、仕事としてこなしたりただ楽しく旅するだけでなく、行く前と帰国後で少しでもいいから何かが変わっていたい、そういう希望があります。


やはり国内のあちこちより、外国の方が自分の日常との違いを感じやすいわけで、世界観や価値観が拡がる可能性を含んでいる。

問題は、自分が旅しながらそう感じようとするか、比べるか、そして何かしら理解し、帰国後の生活に変化をもたらすように活かしたいか。


タクシーの運転手が言った「韓国人と日本人は顔が一緒」は、印象に残る言葉だった。

たしかに「韓国顔」と感じる人はいるし、あちらから見ると「日本人顔」というのは僕ら以上に見えているだろうが、それでも世界で一番「同じ顔」というのは、中国人以上にそう思う。


しかし元々内在していたことだけでなく、国のたち位置、お互いの民族が辿ってきた道のりの違いが、気質や文化に影響を与えているのは確かで、僕個人としては繋がり方に希望はあるが、やはりプラスとマイナス両方の正確な理解からの、双方の理想の混ぜ合わせしか明るき未来への道はない。


同じ顔が旅をし、言葉はなかなか通じないができうる限りコミットし、よりわかる経験をし、また自国で暮らしていく。

悪くないなあと思う。


旅とは、楽しい学びでもある。


帰国

posted by take at 16:01| 活動報告

2018年12月18日

こんなに量並べる?!


北島康介なら、なんかきかすれば博多港に着きそうな近さ。最も近い外国都市と言ってもいいだろう釜山。沖縄行くより全然近いもんね。

初めて訪れたこの港都市。経済的にバブルに見えるくらい物と人に溢れており、海沿いのリゾート開発は、富裕層のテイスト満載だ。実際にはわかりませんが。


シーフード感がここまで華やかなのは、海に囲まれた日本の港町でもあまりない気がします。

とにかく、あちこちのイケスに巨大なカニたちがギュウギュウしながら、存在感を示している。蟹口密度の高さだけでなく、太刀魚や巨大タコ、ホヤやアワビ、あらゆる魚介が、ほんまにこんなにさばききれるんやろか?という気持ちになるくらい溢れまくっていて、しまいには


人より多いかもしれん……


と思わされる。

多いのは魚介だけでなく、なぜだか数十店舗に渡りかたまって営業する洋品店の洋服は物凄い量の在庫。明らかに釜山人口よりも多く、靴屋いたっては、巨大な山に積まれており、まさに欲しいものを発靴(発掘)する勢い。

果物山積み、人参山積み、なんでも在庫有り過ぎる数量の放つエネルギーに、アメ横も完全にノックアウト。


駅や地下商店街は、人に溢れており、異様な活気にも感じられる。


もちろん、寂しい気分にならないだけでなく、サムゲタンはじめ美味の数々も華やかに咲き誇り、快腸な旅として闊歩できている。


釜山の旅

posted by take at 15:56| 活動報告

2018年12月17日

家が一番


嘉門達夫御大の名曲のひとつ、『家族旅行』


家族旅行から帰ってくると お母さんは必ず言うのさ

「やっぱり家が一番ね」

ほなはじめから旅行行くな!!


わかるよ、わかる。散々歩き廻って、夕方一回ホテルに帰ってきて、一時間くらい寝てエネルギーチャージからの夜の戸張に再び向かおうと。

くったくたになって一度帰ったホテルのベッドにたおれこんだ瞬間の僕は、同じ発言を。

「やっぱり家が一番や!」

い?家??と思ったアナタ、僕は最近旅先でも、ホテルのことを「一回家へ帰ってから」なんて言ったりする。沖縄の常宿なんかも。


若い頃は、散々動き廻って休む間もなく夜遅くまで飲み食い。ホテルは寝るだけ。ただのベッドだった。

今は、ホテルでの時間も大事にしながら観光をしたり仕事をしたり。家のようにくつろいで、外での時間も楽しみきります。


今回の釜山のホテルもいい感じに快適。素敵な我が家です。


釜山の旅

posted by take at 18:34| 活動報告