2018年10月20日

無意味な無理 その2


休憩の必要性を解りやすく考えてみたい。これは唇のこともだが、トロンボーンを一度に長時間持ち続け、肩や腕、首等を壊してしまわないということも含めて。


たとえば

10分吹いて休憩し10分吹いて休憩し10分吹いて休憩し10分吹いたら、スキルアップポイントが合計80ポイントゲットできたとする。

しかしトータルの練習時間は一緒でも、20分吹いて休憩し20分吹いたら60ポイントしかゲットできない、更に40分ノンストップで練習したら、結局30ポイントしかゲットできない、ということがありうると思うのだ。


更に具体的に。

曲の途中のハイトーンが当たる確率がまだ低かったとする。何度も吹いてバテてしまっている状態で、それでも休憩せず当てようと何度もトライ。たとえば押し付けて引いて無理やり息を押し込んで一回だけ出たとする。

実はあまり意味がない。

それなら一度休憩し(場合によっては長く)、少なからず唇が戻ってから練習する。そして当たるようになる方が、余程確実なスキルとして我が身に残るし、確率もぐんと上がる。


もちろん長時間を一気に通しスタミナ配分やペースを測る、全体の流れを感じなければならないこともあるだろう。ただそれは、あくまでそのための練習としてだけやるべき。そしてそれ以上ハードに時間を使う必要はない。本番は一回しか通さないのだから。


いずれにせよ、どのくらい継続しどれくらいの休憩を何回入れるかは、それこそ知的センスにかかっている。見事な勘が働くべきだ。

「あんなに何回も休んで、あいつは根性が無い」という意見は無意味だし、まず自分の中からそんなムードの価値観を排除すべき。

トータルで同じ時間練習しているのに、自分より遥かに素晴らしい演奏をする人間は大抵いて、つまりその人よりも自分の練習の内容がアホちゃんだという結論になっても、結果何も反論はできない。

それは内容だけでなく、きちんと疲労と回復を利用できたかどうかという、本当に知的な取り組みなのかどうかに対する評価だ。

結果、こまめに休憩を入れる勇気とその繰り返しを体現できることこそ「根性がある」ということではないだろうか。


「できるまで止めない」は実はまるで賢くはない。

できるようになるために「立ち止まりコントロールをする」なのだ。


スタジオ
僕は最近は、自分の左横にスタンドを置き、直ぐに自分の手から楽器を離すことも頻繁に取り入れてます。左腕、左肩もとにかく回復させてやらなければ、結局無理して吹いているだけにしかならない。

posted by take at 14:46| 活動報告