2018年09月18日

比べない その2


学生の頃だったか、ウィーンフィルのトランペットセクションの音を間近で聞けたことがある。かなり狭いスタジオで本当に至近距離。

三人の奏者のサウンドは、それはそれは素晴らしいもので「楽器って、きちんと鳴りきったらこんな風に聞こえるんだ」と感激したものでした。


実はこの日のこと、彼らの響きと、もうひとつ憶えていることがある。

日本人プレイヤーが、彼らの楽器を全部吹いた後に言った感想。

「三本共全然違うよ。これは吹きやすいけど、こっちはペラペラ。これは鉄板吹いてるのかってくらいキツイ」

しかし彼らから発せられるサウンドは全て見事に鳴りきっていたわけで、若い僕でも

「楽器って個人の好みと慣れなんだ」

と思ったのです。


あれから何十年も経って、本当に何でも良いのかもと思い始め、そしてこのときのことを思い出します。

鉄板のようにキツイ楽器でも、自分の理想が強ければそれを豊かに響かせる身体になる。だから楽器もマウスピースも関係ない。


探したり選んだりしようとするのは比べる対象があるからだが、比べた瞬間に


自分が本気でイメージし、そのイメージで全てを凌駕し、最高のサウンドと演奏ができるようになる


という能力が目減りするのかもしれない。

本当に比べるべきは、自分の理想と自分の音の現実であり、道具を比べた瞬間に、我がイマジネーションは、道具そのものの潜在力へ依存することへ転換する気がします。


「楽器やマウスピースなんて関係ないよ。所詮その人の音しかでないんだから」

「プロフェッサードムスは誰よりも小さなマウスピースで誰よりも大きな響きを出した。だから関係ないんじゃない?」


これらの発言は「上手い人は何吹いても上手いし下手な人は何吹いても下手」という言葉だけでは説明しきれない、個人の価値観という能力の話のような気がしてきました。


ピアノ合わせ、レッスン

posted by take at 21:27| 活動報告