2018年08月26日

欲しい音


オーケストラを長く聴いてきて、オーケストラを長くやってきて、最終的にどんな演奏を好むのか(したいのか)というと、「上手い演奏」ではないことだけははっきりしている。

へたでも良いと思っているわけではない。表現から何を感じたいかというと、上手さではないということ。


今回のツアー、コンマスは元ウィーンフィルのキュッヒルさんなのですが、彼の弾きっぷり、表現しきっぷりを聞いていると、やはり音楽を聞くという特別な時間には


ワクワクしたい


という気持ちで満ちていたいんだなあと感じてきます。


彼の発する音には「常にあるもの」と「一切ないもの」があります。

常に快楽的感情の高ぶりが存在している。どんなに静かで穏やかな場面でも、音には常に「人間の感情」が山盛りのっているのだ。うるさく賑やかだというのではない。どんなピアノでも物凄くものを言っているし、ロングトーンも退屈のない生命力が常に動いている。

一切ないものは、美しかろうが立派だろうが正しそうだろうが、人間の感情がのってない音。


世界の一流オケの中でも特別なウィーンフィルは、歌手たちと演奏するのが日常だからだと思うが、その表現に「無人間」「無感情」は一切無いようだ。


オーケストラには、様になるような表現というのは確かにある。本当に静かなピアノの美しさ、美しくも巨大な音量のかっこよさ。


しかし、僕が最期に本当にやりたい演奏は、美しくやかっこよくが、人間的感情を徹底的に音にのせた結果で派生しているものでなければならないのかもしれない。

そうでなくては、僕は最期は満足できないのかもしれない。


N響西宮公演

posted by take at 17:09| 活動報告