2018年08月16日

きめ細やかという敏感


舌をつかないノンタングで吹いても、極めてクリアーな立ち上がりに聞こえるという演奏家はいる。

逆に凄くはっきり舌をついているが、ぼやけた立ち上がりに聞こえるという人も。


舌のキャラクターはもちろんクリアーさに影響があるが、それ以上に唇がどんな振動で音に貢献しているかの方が大事だ。


最小のエネルギーで最大の響きを得るためには、緩やかな息を送るだけで極めて細やかな振動ができるような唇に仕立てなければならない。

そんなきめ細やかな振動は、きめ細やかでデリケートな音だしの取り組みからしか得られない。

そう考えると、自分の音だしが雑に感じられることができれば、素晴らしい振動を得るための部屋、その扉ののぶに手がかかったようなものだ。


全ての名手たちに共通しているのは、求める理想、その内容が細やかであり、ゆえに取り組みも、きめ細やかな内容に対し敏感に集中できるということだ。


合宿三日目

posted by take at 11:58| 活動報告

2018年08月15日

音程を定めるもの


音程とは感情的であるべきだ。

だから正確に吹こうとするより、我が感情でこそ音程をとった方がいい。

すると、同じ高さのFでも明るい響きでとったり暗い響きでとったりすることになる。

そうすることにより、音程を動かすことができない音ではなく、自在感の強い柔軟な唇になってくる。

それにより、定まるべきツボのセンターがどんどん限定の方向へいき、更に自由に扱える響きの幅は明暗あらゆる方向へと広がっていく。

そんな音になれば、ピアノと共演した際、調律されたクラビーアの響きの中に、ピタッとはまっていくことができるようになる。


音程とは、正確にとろうとしても必ずしも音楽的成功に繋がるとは限らない。

感情でこそとるものである。


合宿二日目

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2018年08月14日

悪なき水面を夢見て


夕べはラムしゃぶを楽しむ。


『しゃぶしゃぶ』という名前。聞いた瞬間に、食べたいなーと同時に、しゃぶしゃぶしたいという箸ふり欲がわくような素敵な料理だが、よく考えると変なネーミングだ。

外国人にとっても「shabuーshabu」なんだが、彼らからするとあらゆる名前が馴染みを感じないだろうから、我々日本人の方こそが敏感に反応すべきであろう。


…ヘンななまえ


そんなしゃぶしゃぶだが、いくらおおらかなO型でも、登場する悪の存在はほおってはおけない。

隣人よりも早く、シャッと華麗にネットを取り上げ、熱湯の表面でネトッとはびこる悪のやつら(正式には灰汁と書く)を掬い上げ、一緒に食べているシャブシャバーたちを健康へと救い上げる正義の味方へと立候補するのだ。


やつらのことを「あく」とはよく言ったもんだ。本当に悪の権化のような悪者に感じ、排除する自分が、仮面ライダーやアンパンマンのような正義のヒーローにでもなったかのような気がしてくる。

実は、こぞってこのヒーローになりたがるような快感がある気がする。なんなら人には任せたくない、私にこそこの平和への使者をつとめさせてほしいみたいな。

鍋の水面に、本当に一点の曇りもない美しき平和が戻るように、今夜も悪の排除にせっせとつとめる自分がそこにいる。

次のラム肉を問題なくしゃぶしゃぶできるような、そんな幸せな平成の夜、素晴らしい瞬間が再び訪れることを夢見て。


合宿初日

posted by take at 19:30| 活動報告

2018年08月13日

好きな場面


描きたい対象を定めた方が良いのと同じように、一曲の中でも「一番好きな場面」というのは必ずあるはず。

カラオケで歌うような曲なら、サビの部分ということが多いだろう。

クラッシックの作品でも、盛り上がりの頂点あたりが魅力的というのは作曲が成功しているとも言える。

もちろんそうでない箇所、盛り上がりに向かっていく行き始めが好きだとか、構成に関係なくこの和声の移り変わりが好きだとか、いろいろだろう。演奏者によって異なることも考えられる。


いずれにせよ、その「自分が好きな場面」というのははっきり意識できた方が良い。

それ以外の部分が好きになれず手を抜くなんてことではなく、その好きな場面を「最高の表現」にするために、それまでとその後をどう仕立てるか、という取り組み方が良いと思うのです。


自分が取り組む作品は少なくとも好意をもってやるべきだから、箇所によって好き嫌いがはっきりあるというより(嫌ってしまうと生産性下がるから)


凄く好きな場面と、そこを好き好き言いたいから、その周りにまあまあ気に入っている箇所があり、それがはっきりしている


というのが良いのではないだろうか。


休日
人間もそう。どんなに好きな相手でも、とても愛でるところとまあまあなところ、ちょっとは気になってしまうとこもあるでしょう。

posted by take at 10:39| 活動報告

2018年08月12日

描きたいもの


絵画というのは、描きたい対象がはっきりしており、一枚の絵の中でも、あれもこれもではなく「ここのこれ」を描きたいから全体をこう描いているというのがとても大切なのだそう。

実は絵画教室の世界では、そのかなり手前の段階、そこが既にはっきり定まらない世界もあるらしい。


「せめて、写実に描きたいのか、印象派風なのか、前衛的に表現させたいのか、それをはっきりさせましょう」


という先生のアプローチがあるようだ。


これを聞いたとき「自分のやりたい音楽を」という正論を求めることもできるが、

「そもそも今の君は、歌こそなのか、テクニックを全面に出したいのか、音色に酔ってほしいのか、はっきりせい!」


と言った方がいい気がしました。


ブロカート

posted by take at 22:36| 活動報告