2018年07月13日

工業製品の価値


テレビにウニの子供がたくさん写っていた。

まあイガイガのまま小さいだけなのだが、気持ち悪いか悪くないかと言えば悪くない。なぜならすんごく美味しいのを知っているわけで、そうすると可愛らしくすら見える。

実はウニのハリは死に至るくらいの毒があり、やたら攻撃的で攻めてくるとなると、可愛いどころかめちゃ怖く、そして気持ち悪い存在になる。

サメだって人間襲わずメチャまいうとなると、怖いどころか大好きな存在になり、子ザメなんか「かわいぃいぃっ」となるのだろう。

人間が持つ印象なんて、自分にとって都合がいいかどうかだけという、大変にお目出度いものである。



管楽器っちゃあ工業製品である。

特に金管楽器なんて金属まくりなわけで、体温も心もあったかい人間からするとまあ冷たいもんだし、そもそも工業な製品なわけで、目的に価値を見いださなければ大分遠くにあるものである。


そして工業製品といっても、イスや机のように便利なものではない。

全くなんも便利ではない。

トロンボーンを使えば高い所の物が取れたり枝が切れるわけではないし、ベルの部分も花をいけることすら無理。

コップや皿の便利さからすると、はっきり言ってどーしよーもないヤツと言われても何も言いかえせないだろう。まあ言い返す能力もそもそもない。


じゃあなんで存在しているのかというと、地球上における少数派のホモサピエンス、70億しかいない人間の快楽と喜びのために存在しているだけ。

便利であるという価値の工業製品とは立ち位置が違う、まあタバコや酒みたいなもんすかね。趣好工業製品。

タバコなんかは、身体に悪いとわかっていてもやめられない人が多いくらい、美味しく気持ち的には嬉しいもんなんでしょう。

酒なんかは、周りと翌朝に悪いとわかっていてもやめられない自分がいるくらい、美味し楽しいし、気持ち的には嬉しいもんなんです。


それと同じ楽器。一度は好きになり付き合ったのに辞められる人というのは、身体と心に合わないような吹き方をしてしまってるんでしょうね。


本来は人間の快楽と喜びのためだけに存在しているだけの工業製品。

快楽と喜びを生むようにセッティングされているはずですから、充分に、存分に享受するような付き合い方をするしか意味の無い存在なのだと思います。

そのような息を送り、そのような音をだし、何より酒の席と同じように、わーわー自分の思いを、少数派の人間相手に発散すればいいだけでしょう。


大塚へ

posted by take at 18:24| 活動報告