2018年07月11日

少数派


世界の人口は70億超え、日本は1億2500万人くらい。

億ってわかるようでよくわかりませんね。すごく、かなり、相当沢山……みたいな。

ブルゾンは男は35億いると言ったが、実際どのくらいかはよーわからん。とにかくワサワサたくさんいるのよ!!

お金でいうと1円の100倍の100円の100倍の1万円の100倍の100万円の100倍が1億。



僕は最近「音楽は人間だけのものだ」ということを、特に楽聖たちに深く理解して欲しく力説して続けている。

人間が生み出し、人間が演奏し、人間が楽しむもの。ただそれだけ。自然界とか地球上とか宇宙とかは実は関係ないし、動物や植物も意識する必要はないと思ってます。

アルプス交響曲はアルプスに向かって、ドビュッシーの海は海に向かって演奏するものではない。動物の謝肉祭もゾウヤカメ、白鳥に聞かせるものではない。

全て人間が人間の喜びのためだけに、勝手でやっていること。

だからこそ人間のみの喜び、人間こその感情、人間の存在だけを意識しようと。それを考え、意識し、そこへ向かって表現すればよいだけだと言いたいのです。

無意味にそれ以上の大きさ、なんだかわからないような絶対的存在とは意識しない方が良いと思うのです。


そんな「音楽は人間だけのもの」に、最近更に、

「人類(ホモサピエンス)は少数派なんだ」

とも付け加えています。

70億といえば確かに大きな数字に感じるが、しかし地球上の生き物の中では、結局少数派だと思うのです。

たとえば、なんこやの三階のレッスン室から窓の外を眺めてみる。田んぼありあぜ道あり。空中、地上、地中、微生物含めあらゆる生物を数えたら、視界の中は軽く70億は超えているのではないかと。

海の中の生き物、空で暮らす生き物、実際数えたら、人間が把握して設定して使っているような数字じゃ数えられないほど、生物は存在しているのだと思います。

もちろん人間以外の総数に限らず、単一の生き物としても、人間より圧倒的多数はかなりいるはず。

そう考えたら人類なんて、どんなに我が物顔で生きていても少数派。

なんこやだけで数的には軽く敵わない。


そんな少数派の人間、その感情だけを意識すればいいんだから、頑張って意識からの研究をしなさいと言いたいのです。

休日

posted by take at 23:31| 活動報告

2018年07月10日

相思相愛への道


とあるスポーツを題材にしたドラマの中で、大変シンプルながらわかりやすく、しかも意外に陥りがちな台詞がありました。


「才能があっても、努力を怠っていたら負けることもある」


このあとに続く台詞たちをトロンボーンに当てはめると、以下のようになる。


「怠けているとトロンボーンの方から離れていく。

身近なものだと思っていたトロンボーンを、いつの間にか見失っていた。

だから自分は取り戻すことにした」


音楽そのものにすると、そのメッセージは深く私たちに響くことになる。


「才能があっても、努力を怠っていたらできなくなってしまうこともある

怠けていると音楽の方から離れていく。

身近なものだと思っていた音楽を、いつの間にか見失っていた。

だから自分は取り戻すことにした」


才能は有無だけでは語れないものだったりする。資質のレベルは自らでは確認しにくいものだが、一度でも「究めたい」と身近に引き寄せたことがあるなら、怠けず求め続けることが、相思相愛への唯一の道筋なのでしょう。


休日

posted by take at 10:29| 活動報告

2018年07月09日

求む!我が筋肉の取説


スポーツなんかは特にそうでしょう。

「ここの部分(身体の一部)を意識して」

みたいなアプローチ。筋トレでも、トレーニングしている部分を意識するよう言われます。


私たち楽器演奏も少なからずあって、無意識のうちに理想的な形を作れているなら敢えて必要はないのですが、うまくいってない場合は


「そこの部分をこのように意識して」


となる。

ただ難しいのは、理想形だけ要求されても、実際筋肉をどのように動かせばそうなるのかがわからないことだ。

例えば「ここが弛まないよう張って」みたいなアプローチは多いが、吹き始めると張れなくなるから弛んでいたりするわけで。


そうすることによって「こういう演奏になる」という目標の理解ともうひとつ、

そこの筋肉を理想的にするためには更なる部分、どこの部分を意識したらそうなるのか、そこをどのように意識したらそうなるのかという、もう一段階プラスした知識が必要なよう。


自分の身体のことなのに、意外に動かしかたがわかっておらず、理想的な筋肉のフォルムに自然といけないハードルと共に吹いているから、ちゃんと吹けない部分があるわけで……


休日
台風で沖縄行き断念だんねん

posted by take at 09:48| 活動報告

2018年07月08日

大快充バニラ


アイス総選挙2018なるものをテレビでやっているではないか。

エントリーは644品、一万人ガチ投票らしい。

当然『爽』が一位であろう。ここ数年我が家の一番人気である。あんなに爽やかに美味しくバニラを楽し……じ、10位?!


ま、まじか!


なら食べやすいクーリッシュは上位……に、20位???


ホンマでっか?


じゃあ昔から定期的に食べるピノ……9位か、そーか。


そーなのかあああ。


結果は以下の通り。

1位,明治エッセルスーパーカップ 超バニラ
2位,ジャイアントコーン〈チョコナッツ〉
3位,チョコモナカジャンボ
4位,雪見だいふく
5位,明治エッセルスーパーカップ チョコクッキー
6位,ガリガリ君ソーダ
7位,PARM〈パルム〉チョコレート
8位,アイスの実〈濃いぶどう〉
9位,ピノ
10位,爽バニラ

11位,ハーゲンダッツミニカップ クッキー&クリーム
12位,井村屋あずきバー
13位,ハーゲンダッツミニカップ バニラ
14位,スーパーカップ抹茶
15位,MOW(モウバニラ)
16位,アイスボックス〈グレープフルーツ〉
17位,あいすまんじゅう
18位,パピコ チョココーヒー
19位,ハーゲンダッツミニカップ グリーンティ
20位,クーリッシュバニラ


『爽』好きの家人は順位に納得と。スーパーカップのバニラはどこにでもあるが、爽は無い店がある。

そういうのは順位に影響あるやろね。バニラ三つ巴としては、スーパーカップと爽とMOWになるのだろうが、確かにスーパーカップがスタンダードなのだろう。

そしてチョコやフレーバー、高級感が頑張っても、バニラはやはり「キングオブアイス」だなのだと、その実力に熱き心も冷たく冷静になるのでした。


レッスン、金管分奏

posted by take at 18:51| 活動報告

2018年07月07日

素直、そして頑固


最近「素直」と「頑固」について、かなり考えこんでいます。

学ぶ者として「素直でなくてはならない」「頑固じゃない方がよい」という前提で、

素直ってどういうこと?

頑固って一体何?

と考察しているのです。


実はどちらも、そんなに簡単に判断できるものではない気がしています。

人の言うことをよく聞き、反発せず従順なことが、学びに必要な素直とは限らない。

頑固とは一見ぶれないこと含め良い気質みたいに感じるが、実は学びの邪魔をするものではないか。


私たちが若き学びに要求したいのは、本当に素晴らしいものに対してきちんとリスペクトできる素直さだ。(年齢を重ね自分が確立できてきても、実は必要)


師の教えだけでなく、たくさん目の当たりにすることができる「本当に素晴らしいこと」に対して、心からリスペクトできれば、取り入れることも、自分を修正することも、積極的かつ熱心に取り組めるはず。

いつまでたっても伸び悩んだり、何年経っても意識さえすればそんなに修正が困難ではないことを継続していたりするのは、この

『リスペクトできる素直さ』

が足りないのでは?と考えます。

そして、その素直さが沸いてこない理由の根っこに

『無益な頑固さ』

があるのではと。


「あー、それが素晴らしいのかもしれません、でも自分は自分の……」

みたいな、自分をフラットにしきれない、変な性質のプライドが、素晴らしさを見つめる目を曇らせる。

そういう頑固さは、決して確固たる自信と同居しているわけでもなく、ただ変な個性として周りから距離感を感じられてしまう。


もしかしたら、全てのプレイヤーに多かれ少なかれ、何かの項目ではある頑固さかもしれない。


ただ順調に伸びゆく人は、本当に素晴らしい演奏、技術、音楽こそを常に自分の目標として憧れ欲しているし、それが身に付くためなら、自分のつまらないプライドや結果無関心に繋がってしまうようなことは、心の中に生まれさせない、そんな


賢明な素直さ


こそを持っているのだと思います。


川越へ

posted by take at 14:20| 活動報告