2018年07月31日

ゴジ・ファン・に・トッテ


僕のテナー、バムのセミハードにはゴジラのピンバッジが付いている。

新宿マルイのゴジラストアで購入した、1964年、僕が生まれる一年前に公開された「モスラ対ゴジラ」の時のチョーかっこよくも怖いシルエットのもの。黒いバムに黒いゴジラで、目立ちはしないが、シックで重みを醸すハードテイストになっています。


片やバストロのケース、ドルチェのオリジナルハードですが、これには高松空港で購入したうどんのキーホルダーが付いてます。直径三センチ弱のどんぶり、天ぷらうどんのもの。


N響のステージスタッフに運んでもらう時「うどんのやつだから」とか「ゴジラのは別便でお願い」とか、間違いがないようオリジナリティをアピールしている。


先日ステージスタッフと話していたときふと

「うどんとゴジラじゃテイストに一貫性がないね。何を訴えたいのか(?)よくわからないよね」

という、何を訴えたいのかよくわからない発言をしていた。

彼は一瞬困惑していたが

「じゃあ、ゴジラがうどんを食べてるやつで統一すればいいんじゃないすか」

と、さらりと正論(?)を提案してきた。

「なるほど、そうだよね」

僕もさらりと同意してみた。


ということで、うどん県にゴジラの広報契約してもらうか、東宝かなんならハリウッドに「次回作の舞台は瀬戸内讃岐で」と提案するしかない。タイトルははっきりしている。


「今度の敵は、ゴジラ対決史上最強粘り腰。我らがゴジラも、ついに敗れるのか!!」


『ゴジラ対コシラ』


2019年春、カミングずるずるーん!!!


高松へ

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2018年07月30日

自分が好きなタイプ


自分が本当に好きなタイプの表現をすべきだろうなあ…



これで終わるとばっちり形になるのだろうが、しかしツィッターになっちゃうので、もう少しだけ文章に。


逆に捉えると、本当に自分が好きなタイプではない表現


演奏、発言、態度、あらゆるコミュニケーション、独りの時間……


周りに流されてか、そうしなきゃか、なにかが面倒くさいのか、そもそも一体どうしたらいいのかわからないのか、そうしてしまうことにより伸び悩んだり、依存度が高くなったり、探す癖を見失ったり、とにかく心がすっきりしなかったりするのでしょう。


実は見失いがちだが理想はひとつじゃないし、複数の中に必ず自分の好みのタイプがあることを理解すべきだろう。

自分の好みがどれなのかは、実は魅力的であっても自分の本心にはさほどでもないものを捨てようとした時に見えてくる。

こんなのが好きだと思えたなら、そこへ向けて何をすべきか、自分こそがプロセスを探す旅が始まるが、実はそんな時間がエキサイティングに感じられたら人生は俄然忙しく、そして充実していくものだ。

ヒマで退屈なんてあり得ないとなるのは、そういう流れなのでしょう。



人生思い返せば、導いてくださった方々の顔が浮かぶ。あのときあの出逢いがなかったら…

ただ同時に、我が好きなタイプへの投げ掛けだったからこそ、しっかり自分からこぼさないように掴まえにいったことも確かなのだ。

そもそも、我が夢中へのアイテムだと周りに見えたからからこそ、投げて貰えた可能性が高い。



だから

自分が本当に好きなタイプの表現をすべきだろうなあ!


N響福山公演


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2018年07月29日

顔と声


昨日の宇梶さんの言葉からあらためて……


人は、相手が話している内容やその人がする判断から人間性をはかるのだろうが、自分に対する愛情の存在は、その表情や声のトーンからこそ感じていくのではないでしょうか。

話す内容や判断は、人間的成長と共にヒューマンな方向(良い人間と判断されるような)へと変化していく可能性は大いにあるが、話しているときの表情や声色となると、逃れようのない自分の性格から醸し出されるものであり、実はコントロールなんかはできないのだと思う。

「嫌われないように」「好かれるように」「善人だと思われるように」「魅力的な人間にうつるように」「愛情に溢れた人だと思われるように」

どんなに注意深く演じても、台本があり演出家がいる役者ではないのだから、自分の真実分が出るばかり。

実は出ちゃってて、周りからは真実分しか評価してもらえない。

判断アイテムになる表情と声色は、自分に内在している徳の量からは逃れられないのだと思います。


宇梶さんも聞く耳がある素直さを持っていたからだとは思いますが、強く叱りながらも引き寄せていった菅原文太や美輪明宏、渡辺えりさんたちの表情や声のキャラクターからは、まさに身近な人への関心と愛に溢れた人間なのだという徳が滲み出ていたのでしょう。


もし「良い人間、善人、愛ある人間、徳の高い人間」だと思われたいなら

他人に対する関心と、時には自分を二の次にして心から相手を愛することができる

そんな資質を心に持っておくしか方法はないでしょう。


顔と声には自分の善良だけでなく、卑しさも全て出てしまってるのだから。


福山へ
人の悪口を言うとき、嬉しさと悦に入った表情が出てしまっている人も、自分では気づけていないのでしょう。

posted by take at 15:15| 活動報告

2018年07月28日

宇梶剛士さんの言葉


俳優の宇梶剛士さんが、自分のルーツを話している。

「凄いワルですさんでて、でも俳優になりたいと思って。
最初にしきのあきらさんの鞄持ちから始めて、菅原文太さんに拾われて、美輪明宏さんと初舞台で、その後渡辺えりさんとたくさん舞台をやらせてもらって。
皆さん、ちゃんと怒ってくれた。親以上に。身体もでかいしこんな顔だから“はいっ!”って返事してもにらみ返してるみたいだっただろうから、周りの大人たちもどう扱っていいかわかんなかったと思うんだけど、でも凄く厳しく怒ってくれた。
自分の心が小さいから、内容が収まりきらなくてわからないことばかりだった。
それでも、どんなに怒られても、自分の方から寄っていくんだよね。愛情あるから怒ってくれてるの、やっぱりわかるから、だから自分から寄っていく……」



厳しく怒る

親以上に叱る

愛情かあるのがわかるから

だから自分が寄っていく



今の日本は?


台風のため休日

posted by take at 17:47| 活動報告

2018年07月27日

人生、徐々に恥ずかしい


「先生、最近吹いてる時動きませんね」

「そうそう、私もそう思ってた」

腰ふり演奏家の看板で生きてきた僕には、意外な楽聖たちのコメント。

自覚はなかったが、そう言われて考えてみると、身体のフォルム、意識のありどころが変わってきた気はするのでそのせいかもしれない。

特にアンブシュア含め「動かないべきところは本当に動かない」と徹底したいと目指しているので、自動的に身体の動きに影響が出ているのかもしれない。


「あのITFの録画(川の流れのようにを吹いたものをSNSにのせた)も、動いてないですもんね」


え??あれ、動いてるやん。腰もふっとるで!

ということは、その前はもっと「落ち着きないごぞごぞムービングプレイ」やったってこと?!

フラダンスやあるまいし、そんなに腰ふっとったんか〜〜〜!

大丈夫かあ、そんなやつ!!!!


N響練習、川越へ

posted by take at 16:35| 活動報告