2018年05月12日

正確な情熱


「感情的に書いちゃだめ。絵は情熱で書くものではない。こんな感じとか、こんな雰囲気でと書くのではない。そう感じるのは受けての話です。こういう絵にしたいというのがあるなら、それを論理的に構築しなければなりません」

絵画教師の言葉



「感情的に吹いちゃだめ。音楽は情熱で吹くものではない。こんな感じとか、こんな雰囲気でと吹くのではない。そう感じるのは受けての話です。こういう演奏にしたいというのがあるなら、それを論理的に構築しなければなりません」


これは「情熱」を正確に理解しないと、副作用が出てしまうという話だと捉えたい。敢えて、勘違いとしての情熱で取り組まないようにと言っている。


情熱の「熱」は、熱くなるではなく熱量、つまりエネルギーを表しているのだと思います。

そこに情という単語とコラボさせるというのは、そのエネルギーを「情緒」「感情」「情感」の表出のために使うということ。

情熱的にというのは「そのエネルギー」を存分に使いましょう、ということだと思います。

「熱くなる」と捉えると、発熱からの熱にうなされ、冷静にモニターできず、結果情熱的に聞こえるというより「ちらかっているだけ」となる。


感情的も「表現したものから情が感じられるように」であり、「情を感じ過ぎて、自分の産物と理想の距離に気づけないくらい支配されてしまう」となると、言葉自体が悪者になってしまう。


「情熱」「感情的」を正確に理解しようというきっかけとして、絵画教師の言葉は、機知に富むものに感じられる。


N響定期

posted by take at 11:38| 活動報告