2018年05月03日

AIと生演奏家


今人間がやっている仕事の何割かは、いずれAIがやるようになる。つまりとって変わられるということは、まことしやかに語られています。

冗談ではなく、近い将来、本当にそうなるのだと思います。今から就職する人は、そういう観点でも仕事の内容を見つめないと、へたすりゃ10年も働けないかもしれません。


失業率が上がることは、人間社会における最も大きな問題であり、最悪のことだと思います。格差が広がり、犯罪者が増え、やがて戦争に繋がるから。


今人間がしている仕事をAIがやるようになる。クォリティ高く、安全であり、安価に幅広く提供できるなら、それでも「人間がやった方がよい」とは、どう抵抗してもならないだろう。それがまた人間の選ぶこと。

そしていずれ、人間が本当に働かなくても生きていける世界になるのか。

「働かざる者、食うべからずべからず」

いや、全ての人がそうなるとすれば、それはまだまだかなり先の話だろう。

そもそも働くことを放棄するかどうかはわからないし、その頃は今では考えられないような内容の仕事を生み出していたり、働くことを失っても満たされるような生き甲斐、成長と成果が感じられることを、人間は手にしているかもしれない。


夢のような話はまるで想像もつかないので、現実的に。

いずれ、AIのみがやる仕事、人間とAIがバランスをとりながらやる仕事、AIも関与はするがほぼほぼ人間がやる仕事と、はっきりとすみわけができるのではないかと思います。

そんな時、演奏という仕事は、AIが介入する余地が極めて少ない、やはり人間にしかできないものものの代表になっているのだと思います。

現在の演奏業は、数少ない選ばれた人しか対価が得られない、いわゆる狭き門になっているが、「人間にしかできない職業」こそが人気になり、やりたがる人が更に増え、「AIらしくないこと」として、身近で生の演奏こそを欲する社会になれば


『生演奏家』


の需要、供給こそが増えるかもしれない。

「一億総演奏したがり時代」がくれば、音楽大学は人気極まりない場所になっている可能性も。その頃は一億はきっているだろうが。


音楽は、人間が快楽のために作り出しているもの。しかもこれは、何かの代わりに失うことなどできないほど、血となり肉となり遺伝子となり人間を洗脳している。

聞くだけでは物足りなく、やりたいという人で溢れたとしたら、やはりいろんなタイプの人がクオリティ高く、自由に楽器を操れるようになるシステムこそを、作り上げる必要性を感じてしまう。

それが僕の残りの人生に課せられているとすら思います。


残りはハートと人間性の問題、それが演奏の個性、という世界


そんな人類総演奏家、いずれAIと共存しながら心も満たされる時代がくる気がしてなりません。


N響上野公演

posted by take at 12:43| 活動報告