2018年04月10日

カンガルーを考える


名古屋なう。N-crafts名古屋公演です。

本番はドルチェ満席。名フィルの皆さんはじめ、知り合いもたくさん聞きに来てくださりました。ありがたやありがたや。ありがとうございます。


今回プログラムの後半は、サンサーンスの『動物の謝肉祭』をほぼ全曲やっているのですが、ことのほかウケている印象です。

馴染みのある動物たちがたくさん出てくるので、楽しいんですよね。

一曲ずつ動物のパーソナルを簡単に説明しながらなのですが、今回初めて知ったユニークなエピソードがあります。


それはカンガルー。


昔々、オーストラリアにキャプテンクックが上陸したときの話。

カンガルーを見たクックが、現地のアボリジニに 「あの動物の名前は?」と聞いたそう。アボリジニは


「カンガルー(わからない)」


と答え、それが彼らの正式名称になったと。


ということは、サンドイッチマンの冨澤が漫才の途中にぶっ混む爆笑ネタの正式セリフは


「ちょっと何言ってるかカンガルー」


N-crafts名古屋公演

posted by take at 17:43| 活動報告

2018年04月09日

これやこれ 買うも買わぬも大阪的

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大阪なう。N-crafts大阪公演です。

本番はドルチェ満席。呉さんも聞きに来てくださりました。ありがたやありがたや。ありがとうございます。


打ち上げで

「買うんやったらあの人とあの人かなって、頭に浮かんどったんや」

と呉さんがのたまった二人に一人が私でございます。


デニスウィックの50周年記念、数量限定キンピカストレートミュート。


いや、最初は買うつもりはなかったんです。存在は知ってましたが「誰が買うねん」とすら思ってましたから。

限定品マニアじゃないし、なにより「こんなわかりやすくハデハデなものって、おーさかのおばちゃん趣向やな」と、ヒョウ柄と同じようなたち位置で見てましたから。


まあ店頭にあったのをちょっと手にとったんですよ。するとですね、間近で見ると写真よりもキラキラ感が凄いし、ラメがラメラメしてるじゃないですか。


「キ、綺麗やん……」


この瞬間に、もう一人の僕が頭の中で「買うんかい、買わんのかい」と、このミュートでドリルしてくるわけです。

で、買っちゃうのですが、これって100均マジックのような、旅マジック、おーさかファッションマジックにかかってるんでしょうか?

家に帰ったら


「なんで、コレこーたんやろーか……」


とトホーに暮れるんでしょうか?


皆さん、僕が得意気に見せた時、一応「いいねー」と虚偽でもいいので言ってください。

「あ〜あ」という顔しないでね。もう買っちゃったので。


N-crafts大阪公演


posted by take at 11:59| 活動報告

2018年04月08日

ペンチが響く


皆さん「ネジザウルス」ってご存知ですか?恐竜じゃないです、工具です。

1万丁売れれば大ヒットとされる工具の業界で、13年で250万丁も売れた大ヒット商品。大阪市東成区に本社を構える従業員たった30人の会社が作った製品としては凄まじい売れ方。

見た目は普通のペンチですが、頭のつぶれたもの他、どんなネジでも外せるというスーパーでウルトラなやつ。

まあこの製品について御興味ある方はサイトを見ていただくとして、これを開発した株式会社エンジニア社長の高崎充弘さんの言葉が印象的だったもので。


「いくら性能が良くても、お客さんの心に響かなければ意味ないじゃないですか」

工具も人の心に響く、音楽のように。やっぱり人の心は響くようにできており、響きたがっている。それを知っている人だけが、人間にとって価値あるものを生み出す。


「いかにお客さんの心を掴むか。独りよがりはだめ」

工具の製作も独りよがりになるという落とし穴がある、演奏のように。自分のアイデアやスタンスに酔ってるうちはだめなのだろう。酔いを覚まし、受けとる側に立てる自己抑制ができるかどうか。


「少数意見の方が意外性があり」

良き意外性は、突き抜けた個性から生まれる。演奏もそうだろう。マーケティングは大事だが、人間はそんなに単純ではない。過去からの叡知の集大成、現在はそのフィールドでありながら、今を生きる多数が行き着かない思考にこそ、新しい未来への変化、その開拓への道筋がある。


「リスクをとって進む」

副作用の無い薬は無い。身体や心を治すクスリの効能の反対がリスク。目的さえはっきりとぶれなければ、このリスクにこそ立ち向かっていける。


室内合奏団、ブロカート

posted by take at 11:01| 活動報告

2018年04月07日

わからない


「人には話さなければわからない」


そう思います。

これはシンプルに「以心伝心では伝わらない」と考えれば、その主旨が理解できる。

でも以心伝心が好きなんですよね。

話さなくてもわかってくれている。それだけ自分たちは、強い信頼関係で結ばれている……よね……ねっ!!

という希望。それが感じられるような瞬間があると、とても嬉しくなる。

ねっ!!ねっ!!私たち同じ何かを共有してるよね!!!


しかし大まかに主張が共有できたとしても、その意図の細やかな全てまでは大抵伝わっていない。

大抵のことは大まかに伝わっただけでも良しとできる場面ばかりだが、真意を正確に、本当に正確に伝えたいならやはり言葉にし、時間を使い伝えるしか方法はない。

場合によってはまるで勘違いされているのに、お互い伝わっていると思い、過ぎていく場面もある。

そう考えると、特に現代における価値観だが

「自分が思っているより、きちんと言葉にして伝えた方がいい。あまりたかをくくらないで」

となる。



少しだけ観点をずらして。

自分の発言に対する、相手がもつ感情的印象について。


「自分が話したことが、どう感じられるかもわからない」


話の内容が正確に伝わったかどうかがわからないのと同様に、自分の言動から相手に沸き上がる感情も、実はかなりわからない。その意味での、発言の価値や是非すらも、自分にはわからないものだ。

悪意をもって表現し不快を生んだとしたら、ある意味矛盾なく成立しているが、ほとんどの人が大抵の場合良かれと思って表現しているわけで、しかし結果にはずれがあることも多いだろう。

「相手の感情の状態は、わからないものだ」と思っていた方が良いのだと思う。

もちろんそれでは不安だ。しかしその不安こそが、自分の表現を丁寧にしていく。

細かく相手の喜びや怒りを感じようとしはじめるし、その積み重なる経験が失言を減らし、愛ある表現へと繋がる。そして自らの中に本物の愛が生まれるのだと思います。


それが、一番楽な生き方へと導かれるプロセスなのだとも思います。


レッスン

posted by take at 10:47| 活動報告

2018年04月06日

あるせりふから


人は人をどれだけ知っていると思います?

あの人が知ることはごくわずかです

毎日会っている人でも、家族でも、すべては知れません

夫婦でも同じです

人はあらゆる事情を抱えています

それぞれの事情は、その人の中で複雑に絡まり合っている

だが人は、自分の物差しで人を見ようとするんです

自分の経験や知識だけで安易に予測して、人を判断してはいけない

生きていると“仕方のない瞬間”かあります

人生は過ぎ去れば一瞬です

でもその中の、さらに短い一瞬で選択を誤り、自分の首を絞めている人もいます


海上自衛隊レッスン

posted by take at 10:06| 活動報告