2018年03月09日

一過性ではないこと


イベントと定期的継続の取り組みについて。


一過性のイベントは、一回でやりきろうとする内容の濃さや、やれば終わるということに対する瞬発的エネルギー、そしてその体験できる喜びや刺激の新鮮さが魅力であり、わくわくしながら準備をしたり本番は異様に盛り上がったり、達成感もひとしおだったりする。

それと比べ、定期的に開催しながら継続していくことというのは大分テイストが変わってくる。

一回目、デビューとも言うが、それはイベントを同じような力が注げ達成感も感じやすいが、それを年に一度、半年に一度、数ヶ月に一度、1ヶ月に一度と繰り返して継続していくこととなると、メリットとデメリットを感じることになる。

デメリットというのは、とにかくエネルギーの持続の難しさ。楽しかったり、勉強になったりするからこそ継続するのだが、手探りで作り上げる一回目に発せられるエネルギーを、何度も沸き上がらせるのは結構大変。準備が大変なことであればあるほどそう。

コンサートとかなら、集客もそのひとつ。一回目、興味をもち来てくれた人が二回目以降来てくれるとは限らない。やる度に来てくれるファンがいたとしたら、それは本当に貴重な存在。つまり、そんなにたくさんはいてくれないのが現実。


メリットというのは、まず要領がわかっていくということ。その点の不安は軽減される。

上記のデメリットと反する矛盾のようだが、やり方の理解は楽へと繋がることもある。

開催したい気持ちが雑用の煩わしさを凌駕すれば、準備も苦にはならないが、しかしそれを超えて大変な雑務はある。

なんか、やる本文より周りの準備の話ばかりみたいに書いたが、今日本当に言いたいメリットはそこではない。

継続して繰り返していくことの一番のメリットは、やはり


自分の中に積み重ねることができる


ということに尽きる。学校はじめ、学びの現場に最も必要なのはこのことだ。成長という変化が最も欲しいことだから。

大学における内容、ソロやアンサンブル、オケスタ、合奏含め全てのことは、「満を持したイベントテイスト」というよりは、恒常的にプログラミングされているべきだと思う。

若き大学生たちは、一過性のイベントに対して物凄い力を発揮することができる。大学生の四年間自体が、人生の長き時間からすると一過性のような時期。高校生までとは違う、自発力も大いに発揮しやすく、自由を手にしているムードもある。そんな中、新鮮な喜び求め仲間とあれこれ作り上げるのは、大学生こそ様になっている。


しかしそれが、学びの内容を持つことであるなら、あまり時間の開かないペースで、繰り返された方がいい。

そして、毎回反省ができ、毎回次回にかけられるようなスパンで繋がっていた方がいい。


油絵具の積み重ねのような、完成への道のりは、まさに立体的な力と魅力に満ちている。

しっかりとプログラミングし、信じて進むのみだ。


N響倉敷公演

posted by take at 19:10| 活動報告