2018年03月07日

自分よ、どーよ


3月11日が近くなってきました。丸七年が経とうとしています。


「気持ちが薄くなっているぞ」

自分の心にある情けなき風化を戒める日々。

それゆえ皆さんの無関心を、失礼ながら想像するのも難しくありません。すみません、あくまで僕の想像です。


こうなってきた今からこそが、自分の人間力の測り時ではないでしょうか。

実は、必ずしもたいそうなことをしようと思わなくてもよいはずなのです。

日常のコミュニケーションに話題としてあげる。忘れようとしないベクトルであれば、少なからず価値のある善なのだと思います。

小さな募金でも、今はとても価値がある。それもできてない現実が蔓延しているから。


思い出したい。

二万人の命が一瞬で亡くなったこと。あまりに辛い、愛や情との別れがあったこと。家や町が無くなったということは、思い出、歴史、物、尊厳までもを、無念と共に失った人がたくさんいること。癒えるには大きすぎる哀しみは、物凄く多くの人を襲った。

復興、再生しようとしている人たちは、本当に立派だということ。

日本を南北に貫く経済の中心ラインからははずれた海沿いであり(阪神淡路と違う点)、距離もあるがゆえ、時間がかかってしまうような復興の扱いになってしまっている現実。

それでも住宅やインフラの提供に感謝をし続ける、被災地の人々。

個人個人が期待する復興、それを諦めずに被災地を見つめ、努力と交流を続ける年長者たち。残りの人生をそこに尽力すると誓い、落ちる体力、病と共に闘い続けている人もいる。

地元の別れる意見。複雑に絡み合う利害と価値観。どちらへ進んでも、メリットとデメリットがあり、そこが先へと進ませない原因になってしまうこと。

若い世代の逞しい支援への行動力。それを受け入れたり、迷惑がったりする人もいる現実。


私たちが、風化していく今だから

「自分よ、どうよ」

と問いかけるチャンス。

たいそうなことではない。人間として、正直な心の中の「思いやり」の部分を少しだけクローズアップすればよいだけなはず。


休日

posted by take at 12:08| 活動報告