2018年02月21日

涙のわけ


パシュートの金メダル獲得レースの映像、何度見ても物凄く感動し涙がでる。直ぐには喋れない。声が震えてきちんと話せないから。

録画でこんだけくるんだから、リアルタイムで観ていたらどーなったんだろう。1人きりだったら号泣したんじゃないかと思うくらい。



いつもは考えないことを考える。

「なんでこんなに感動するんだろう?」


結果はもう知って観てるわけで「不意に」に対するものではない。

まず日本国民として応援し、外国勢に負けずに勝ってほしいという愛国心、この民族共同共有メンタル(高じるとよくないことにも繋がるやつ)をくすぐる、最高の結果からの歓喜というのはあると思う。(実は、僕は年々弱くなっている。オリンピックも、どの国の若者もメダル取りたいのは一緒だからと感じてしまう)

しかしそれ以上だろうと思うのは、若い彼女たちの健気な姿。

これはインタビューを見てても感じますが、今どき多いマスコミ慣れテレビカメラ慣れからのプチタレントテイストがまるでなく、いち一般人アスリートとして純朴に見える表情や話し方に共感すること。

そして何より滑っている姿の持続がハードな努力に見え、強く応援したくなる点。

更に三人の至近距離隊列、しかし相手国と離れた位置で戦うというのが、孤独な友情に見えること。

相手がメダリスト三人の強豪国であり、しかしオリンピックまでには日本チームの良い結果の材料があるため、当人たちには金への強い希望、欲求があり、それが「叶って良かったね」みたいな気持ち。

そのレースが、最初微妙にリードからの逆転され、「やっぱりオランダ強いのかー」からの再逆転という、ドラマチックな展開をやりきった彼女たちの根性、実力、最後まで諦めず力を振り絞る姿に。

実は最強といわれたオランダに、ソチの時は12秒も差をつけられていたわけで、それをメンバーが違うとはいえ、四年間で追い抜くまでになった彼女たちや関係者の陰での努力に対して。


いろいろな条件が重なっているんですよね、多分。


明後日のコンサートにおける若者たちは、演奏でもって同じように感動を引き出せるだろうか……


いや、必ずやってくれるはず。

パシュートチームの関係者は、彼女たちを心から信じていたはずだ。

僕も彼らを信じきるだけなのだ。


川越へ

posted by take at 11:59| 活動報告