2018年02月04日

結果が音楽的


自分が出したい音がある、表現したいスタイルがあることはとても大事。吹ければいい、出したい音ってのも特に、曲はそれなりに音が並べばいいではあまりに幼稚。

故に自分の感性に正直な表現意欲があることが最も大切だということは、誰しもが理解しやすいはず。


ただ同時に、スタイルや個性とはまた別の価値観として、自分の演奏がとにかく


音楽的に聞こえる


ことの重要性を強く感じはじめました。


例えば女性の化粧。

誰しも自分が好きな「美しい顔への仕方」があると思うのですが、プロのメイクさんに仕立ててもらい、たとえそれが自分の一番の好みとは違っていても、無条件に美しいという一般的評価がもらえるならそれを受け入れ、意識し、目指してみるということ。

自分の個性を封印するという意味ではありません。生徒たちが自分のリプレイと向き合った際、ほぼほぼ不満を持つのは、自分のつもりと違う結果になっているというだけでなく、単純に「音楽的に聞こえない」ということなのだろうと思うからです。

この不満を解消するためには、自分の演奏が、たとえ想定外であっても音楽的に聞こえるということが不可欠になる。

そしてそれは、自分のやり口として想定内になっていかなければならない。


これは教師として、細かく「長く」や「大きく」等具体的に指示するやり方もあるでしょうが、僕はそうではないアプローチで彼らを導きたい。細かいことはやはり自らの感性であってほしい。

なので、練習法などを伝え試してもらったりとトライしているが、そんな取り組みからひとつはっきりしたことがある。


彼らは皆、その本能が、音楽的に聞こえるようになった演奏を無条件で喜びとして受け入れる。

結果に対する、発する言葉が皆同じなのです。


「この方が全然吹きやすい」


ブロカート本番

posted by take at 08:39| 活動報告