2018年01月23日

コーンという横綱


先日、選定でコーンの88Hを吹く機会がありました。


やっぱりいいですね、コーン。


僕は今までの人生トータルで考えると、バックが6割コルトワが3割ぐらいですが、実はコーンも1割ほど吹いていました。 (バスはレッチェ9割ホルトン1割)

新日フィルで吹いていた時、急遽東京トロンボーン四重奏団にエキストラで出演したことかあるのですが、その際ヤマハを使うのが条件で、当時吹いていたコーン仕様のものを用意してもらったことがあります。

N響へ移ってからも団所有の古い88Hを暫く吹いていたし、自分でローズやシンローズを購入したこともあります。


昭和の人はよくわかっていただける話だと思いますが、当時はバックかコーン、そしてヤマハといくつかのドイツ管があっただけ。音大生もプロも皆バックかコーンだった。

ふたつの特徴ははっきり際立っており、どちらも素敵で。故にどちらかを選ぶということは、もう一方の魅力を諦めることでもあった。

途中、双方を掛け合わせたようなミニックが出現したことがあるが、結局どちつかず。ハイブリッドというよりは無個性な印象で、早々に消えてしまった。

僕はコーンが大好きでありながら、バックのバックたる響きの成分が捨てられず結局人生の後半はずっとバックユーザー。バックを選びコーンを諦めているのです。

ただ、ヴィンセント・バックが最初にベルを造ったときはコーンの8Hのベルをモデルにしたというのを知ったとき、やはりトロンボーンの魅力の本質、その源流は同じところにあり、後続者たちも、そこへのリスペクトあっての発展なのだと確信したものです。


改めてコーンを吹くと、やはりそこにはあの頃からの揺るがない魅力成分が満ち溢れていました。

面白いのは、今となってはバック&コーンとそれ以外の楽器に差を感じたりすること。

サウンドはあの頃より多様化したのだとも言えるが、やはり本家の貫禄だなあと感じた選定になったのでした。

そういえば、あの素晴らしかったハノーファーのアンサンブルもコーンユーザーが多かったですね。

とにかく音も響きも素晴らしいのですが、弦楽器にも通ずることができる表現、そう音楽的に吹ける気がするんです。


休日

posted by take at 21:02| 活動報告