2018年01月26日

あぁ有情 その弍


マヨネーズ カロリーハーフ 倍使う

丸投げの 上司の肩の 強さ知る

新米の 味は職場の 水しだい

レジェンドと 呼ばれることなく 定年に

出迎えは 妻のハグから 犬のパグ

大掃除 どこからやるの? 居間でしょ!

何歳に 見えるか競う クラス会

壇蜜は どんな和菓子か 店で聞く

おいスマホ オレの指先 感じぬか

緑化です ほったらかしの 庭を指し

追いかける 昔白球 今薄給

LINEやる 妻の眉間に LINE増え

リタイアで 妻の偉大さ 今わかる

来世でね めぐり逢ったら ほっといて


休日

posted by take at 18:28| 活動報告

2018年01月25日

未熟のポテンシャル


目を閉じると、なぜだか小学校の校庭が浮かんだ。

ときどき、本当にときどきでしかないが、思い出す庭だ。毎度その庭から運動場にかけての絵柄ばかり。記憶がその辺りしか鮮明じゃない。


もう一度目を閉じると、今度は中学、そしてそのまま高校のいくつかの場所が浮かんだ。


あの頃は、どんなもの言いだったのだろう。

とにかく人間的に生きてはいたはずだし、毎日様々学んでいただろうし、そもそも性格の根幹なんて変わらないのだから、えらそーにあーだこーだ表現していたのだろうか?


いや、どう考えても社会の仕組みはおろか、人間の心の在り方、成長のこと、コミュニケーションのこと、親子や男女のこと、人生の流れ方含め、なあんもわかってなかったはずだから、言ってることはとても狭く片寄っており、どんなに理屈をこねても独り善がりだったとしか思えない。


音楽のことですらそう。


あの頃聞いたカラヤンの演奏、同じものを今聴く機会もあるが、全く違って聞こえている。弦楽器のことなんて何も、本当に何もわかってなかったし、トロンボーンの響き方だって……


あの頃と変わらないとすれば、周りの中では音楽に関わることがかなり好きな方だ、くらいだ。



今の若者たちだってそう。

わからないことだらけの中で、悩んだりもがいたりしながらも、未来へ向かって今できる表現をやろうとしているだけ。

あの頃の自分より、とてもしっかりしているほどだ。決して頼りないわけではないし、ましてやダメなんてことはあり得ない。


そして彼らも全員、もれなく変わっていく。


楽しみ以外の何者でもない。

残念なのは、倍以上生きている自分が、さすがに彼らの50を過ぎてからの更なる成長を見ることはできないことだ…………多分


休日

posted by take at 14:13| 活動報告

2018年01月24日

浄化


辛く苦しいことがあったりするのも人生である。

だから人間は、その都度浄化されながらでないと先へは進めないし、人生も全うできないのでしょう。



「幸せの黄色いリボン」や「虹の彼方へ」、キロロの「未来へ」等を聴いて、なぜだか涙が溢れ出て、号泣に近い状態で泣いてしまったことがある。大抵独りで聴いているとき。

もしかしたらもっと違う曲でもあったのかもしれないが、今思い出せるのはこの三曲。

だからといって、これらを聴くと毎度そうなるわけではない。大抵は

「いい曲だなあ、好きだなあ」

で終わり。


今まで自覚はなかったし、正確かどうかはわからないが、浄化するタイミングだったのかもしれない。

実はそれほど辛いことがあった……


イメージ的には、渦中というよりは少し時間が経ち、少なからず上向きになってきているとき。そんな最期のワンステップを心が望んだときのような気がします。

涙を沸き上がらせるくらいの力は、心体に戻っているときというか。


もし自覚ができたなら、そんな自分に言ってあげたい。


「そうか、そんなに辛かったのか。よく頑張ったな」


そして、思い出というシールをしっかり張り、引き出しにしまい、自然と沸き上がるやる気と活力に任せ、しばらくは辛さとは違う感情と生きていく。涙が去ったあとに相応しい笑顔と共に。


音楽という生き甲斐は、再び私たちを人生の難題の克服へと向かわせ、そのBGMとして鳴り響いていく。

全ての音楽がその役を担えるわけではないし、タイミングだって計算できてコンサートが開催できるわけではない。

だからこそ諦めず、やめてしまわず、失うことなく、演奏をし続ける。


休日

posted by take at 11:42| 活動報告

2018年01月23日

コーンという横綱


先日、選定でコーンの88Hを吹く機会がありました。


やっぱりいいですね、コーン。


僕は今までの人生トータルで考えると、バックが6割コルトワが3割ぐらいですが、実はコーンも1割ほど吹いていました。 (バスはレッチェ9割ホルトン1割)

新日フィルで吹いていた時、急遽東京トロンボーン四重奏団にエキストラで出演したことかあるのですが、その際ヤマハを使うのが条件で、当時吹いていたコーン仕様のものを用意してもらったことがあります。

N響へ移ってからも団所有の古い88Hを暫く吹いていたし、自分でローズやシンローズを購入したこともあります。


昭和の人はよくわかっていただける話だと思いますが、当時はバックかコーン、そしてヤマハといくつかのドイツ管があっただけ。音大生もプロも皆バックかコーンだった。

ふたつの特徴ははっきり際立っており、どちらも素敵で。故にどちらかを選ぶということは、もう一方の魅力を諦めることでもあった。

途中、双方を掛け合わせたようなミニックが出現したことがあるが、結局どちつかず。ハイブリッドというよりは無個性な印象で、早々に消えてしまった。

僕はコーンが大好きでありながら、バックのバックたる響きの成分が捨てられず結局人生の後半はずっとバックユーザー。バックを選びコーンを諦めているのです。

ただ、ヴィンセント・バックが最初にベルを造ったときはコーンの8Hのベルをモデルにしたというのを知ったとき、やはりトロンボーンの魅力の本質、その源流は同じところにあり、後続者たちも、そこへのリスペクトあっての発展なのだと確信したものです。


改めてコーンを吹くと、やはりそこにはあの頃からの揺るがない魅力成分が満ち溢れていました。

面白いのは、今となってはバック&コーンとそれ以外の楽器に差を感じたりすること。

サウンドはあの頃より多様化したのだとも言えるが、やはり本家の貫禄だなあと感じた選定になったのでした。

そういえば、あの素晴らしかったハノーファーのアンサンブルもコーンユーザーが多かったですね。

とにかく音も響きも素晴らしいのですが、弦楽器にも通ずることができる表現、そう音楽的に吹ける気がするんです。


休日

posted by take at 21:02| 活動報告

2018年01月22日

素晴らしいホール


観音寺は香川県の西に位置する市、今回のツアーの最後はこの町に出来た新しいホールにて。このホールが素晴らしく良い音がする空間で、とても気持ちよく演奏することができました。

白木をふんだんに使っており、見た目はとても明るく感じますが、それがキツさには繋がらず心地よい視界。サウンドは各々の楽器がふくよかに、しかしボケずにクリアーに聞こえます。

そしてここが特徴的なのですが、全ての楽器がきちんと分離して聞こえる。混ざったり濁ったりしない。透明度高く澄んだ響きで独立しているが、しかしきちんと調和もしています。


最近出来ている新しいホール、ここのように格段に良い音がするものをいくつか経験しています。

有名なパリのホールも同様の素晴らしさだったのですが、とにかく驚いたのはソウルの新しいホール。ここの音には本当に感動しました。

N響の仲間たち、普段から魅力的な良い音ですが、二段階くらい美テップアップしたあまりにいい音に聞こえ。特にビオラを聞いた時、

「本当はこんな音してるなら、普段は相当損してるなあ」

と思ったほどです。


サントリーホールはアジアを代表する名ホール、もちろん素晴らしい音ですが、僕個人の趣向としてはこちらの傾向のサウンドの方が好きです。


願わくは、地方に出来つつあるこんなホール、我々のホームに出来ないかなあと。


帰京

posted by take at 08:07| 活動報告