2017年12月19日

発熱誘発的熱放射


先日「プロのオーケストラ奏者は皆さん熱い方ばかりなんですね」と言われた熱量問題ですが……


大学の後輩で、今は音大で楽聖たちと向き合いながら格闘している人から

「先輩の頃から比べて時間と共に熱量というのはどんどん減ってきてる気がします。今の子達は本当に低い。まあ、熱量が高い人が演奏家として残っているのかもしれませんが…」

という嘆きのコメントが聞けた。

おそらく我々演奏家業界、音大の世界だけでなく、あらゆるジャンルで年長者は語っているのではないでしょうか。

「昔は熱い人が多かった。今の若者は皆……」


ただ僕は、彼らに熱が無いのではなく、世の中が放出しにくいムードになってしまったのでは、と思っています。

あの頃は、情報との距離感が今より圧倒的に遠かった。自分に近いフィールド以外のことはかなり不確かであり、外国のことは更にほぼほぼ勘に近いイメージ。若い自分たちも、よくわからんがその時思ったり気づいたりわかったりしたことを、根拠も薄くテーブル叩きながらわーわー語っていた。お前わかってないだろうがえーこと教えたるわ、みたいな勢い。

年長者たちも、そんな未熟な若者をあたたかくほっといてくれていた気がする。というか年長者たちも、思い込みで議論からの喧嘩をし、放熱することにいそしんでいたのではないだろうか。


比して現代は情報が近い近い。ゆえに間違ったことが言えない雰囲気。「テキトーに言うな」「調べてからものを言え」みたいな空気なら、思い込みで熱く語るのは難しくなる。裏付けまで必要なくらい正確さを求められるなら、まことしやかに語る他人の話しを黙って聞くばかりになる。

未熟はだめ、不確かはだめ、正確に、知的に、高圧的にならず、そして優しく嫌われないようにとなると、そら潜在的に持ってる熱も放出する場面なく、抑えるばかり。


ただ、僕はこの後輩の言葉を聞いた瞬間から

「なら、より熱く、うざくこちらから熱を放出して、彼らにうつし、高熱を出してもらうようにしよう」

と心に誓った。自分を抑えるつもりはないらしい。

あの頃の自分の熱は、先輩たちの熱を受け取って涌き出てきた可能性も高いのだから。


「吉川先生、それでいいと思います。後は彼らが、先生の話の中から自分で良いところを取っていけば良いだけですから」

那覇のベテランプレイヤーたちは、僕の思いにエールをくれた。

問題は、最近特に脊髄反射で喋りまくる熱々チンチンの僕の話の中に、良いところがあるのかどうかだ。とにかく自分が熱くなり過ぎて、まるで判断できない状態でありまして……


沖縄県芸レッスン

posted by take at 10:39| 活動報告