2017年12月05日

自分と楽器から剥がす


かつて、宮本文昭さんがまだケルンにいらっしゃる頃、インタビューで

「日本人は音(響き)が、身体と楽器に張り付いている」

みたいな主旨のことを言っていました。正確でなくてすみません。


僕はそれを読んだとき、

「なんとかして楽器や身体からはがして、空間に放たなきゃならないんだなあ。よく響くヨーロッパの環境ではそれが普通にできて、いい音で聞き手に届くんだろうなあ」

と思ったものでした。


まとまりや張りは大事だが、やっぱり、近くの鳴りから解放され四方八方遠くへ遠くへ拡がって飛んでいくみたいなサウンドは必要だ。

空気の中に溶けるイメージあれば、シンバルのような広がりも妄想。

スーッとスムーズに流れる息と共に、響きの粉を撒き散らすイメージも悪くない。


耳が「痛さ」や「硬さ」という力みを音の要素から見つけたとき(見つけられたらラッキー)、それを遠くへ、まさしく


「吹き飛ばしてしまう」


ことが大切なのでしょう。


N響定期練習、川越へ

posted by take at 21:46| 活動報告