2017年12月04日

大きな価値への確信


高嶋圭子さんの『無言館にて』を演奏しながら


「凄いことをやったな……」


と思った。自分たちがじゃありません。高嶋さんがです。


強き反戦の思いを胸に、若き戦没画家たちの遺作美術館を舞台に生まれた音楽。

サイン会でかけられた声には

「行きたくなりました、無言館。素晴らしかったですね」

「涙が止まらず、ずっと泣いてました」

というものが。

素晴らしいというのは、メッセージ性からくる存在価値に対する賛辞。もちろん純粋に音楽的魅力に溢れてもいる。

これらの言葉で、彼女の偉業とも言える創作が、あまりに価値あるものになったのだと確信しました。


どうやっても自分の都合で忘れていく人間が、過去の愚行からの不幸極まりない現実を繰り返さないよう学んでいくためには、語り継ぎ、感じさせ継ぐアイテムが必要だ。

涙を生む音楽は、客席の演奏家たちをも強く刺激したはずだ。音楽的魅力とやるべきことだとの判断ははっきり見えただろう。自分たちのやることに意味をもたせたがる演奏家には、欲求と意欲がわいたはず。

そうやって演奏し継がれ、聞き継がれることが、30年後も50年後も、更なる未来までなされたなら、それは無益に命を奪わない「戦争をしないこと」に繋がるはずなのだ。


多くの人が努力をしながら何気に成果をあげられていない、この記憶の風化を防ぎ価値観の成長を促すことを、彼女ははっきりとやり遂げた気がした。


サン・テクジュペリの言葉。『地球は先祖から受け継いでいるのではない、子どもたちから借りたものだ』

これは環境破壊に対する警鐘のテイストが強いと思いますが、私たちが、戦後72年経った今、過去の多くの犠牲と言い尽くせないほどの悲しみの上にある平和に対し、少しでも感謝の気持ちを宿しながら幸せに生きられているのだとしたら、物質や思想だけではなく、


「現実の記憶」


を受け継いでいく義務があるのだと思います。


川越へ

posted by take at 22:20| 活動報告