2017年11月21日

楽譜を読む


大丈夫でした。 (T_T) ←これは嬉し涙です。

実は気づいてなかったのですが、F管がうっすら凹んでました。そこがダメージを吸収してくれたよう。

「吉川さん、大丈夫だから。全部数値計ったけど問題なし」

ありがと〜〜う、飯塚。

あとは練習して自分のものにするだけです。以後気をつけます。



昨日のソロ・リサイタルズ(おさらい会から改名)の反省会にて、ピアニストの方が楽聖に投げてくれた言葉で心に残ったものがあった。

「みんな、もっと楽譜を読んで。もっともっと読まないと」

ピアニストは、実は練習できない環境では(そもそもピアノが無かったり)本当にできなかったりするだろうから、楽譜と対峙し音符の行間を読むことも多いのだろう。

その点、自分でスペースさえ探せば音が出せてしまうわれわれは、ついつい楽器で練習することばかりをしがちだ。

譜読みも終わり全体像がぼやっと理解した後も、譜面を読みながら更なる理解を探し、自分こその音楽を妄想することせずに

「とにかくさらってしまう」

ということをしがちだ。音は並んでいっても、構成や世界観から浮かび上がる魅力に満ちた音楽にならないまま完成させてしまうことも多い。

音楽とは音の羅列ではなく「作品」なので、作品としての主義主張、存在理由、意味を持つ出来上がりというものは純然とある。


バレンボイムがベルリンに作ろうとしている音大では、もれなく指揮に携わることが求められるようになると聞いたことがある。

スコアを読むことで、全体の構成を感じるようになる。流れや起伏、物語の作り方を知って楽器の演奏に携わるためには、指揮をやらなければならないとの判断だろう。

実は、僕自身指揮をしながらわかったことは多いので、少なからず理解できることだ。


楽器は、うまくなることは大事だが、それは音楽を存在させるためのツールでしかない。

「楽譜を読みなさい」は、とても大切な投げ掛けとして、改めて重要視したいと思った。

もっともっと読んで、もっともっとさらってを、もっともっと繰り返してだろう。


ジパング

posted by take at 17:17| 活動報告