2017年10月19日

感情の可能性


マエストロ・エッシェンバッハとのブラームスが凄いことになっている。

よく鳴るN響でも過去最鳴、最響、最テンション高ではないだろうか。

ただ大きく凄い音というのではない。ブラームスの音符たちが美しくも感情的にものをいいまくっている。


マエストロのタクトは完全にニュアンスだけを振ろうとしている。合図がどうしても必要そうなところだけポンとはっきり降ろすが、あとは拍子風を描きながら完全にニュアンスを振っている。

つまりタイミングは、音楽があふれでてくるところがそこであり、マエストロ含め皆で揃えるというよりは感情の共有を目指している。

もちろんこの感情の共有は、オケマン全員の音程やリズム、そしてタイミングが共有できる能力あって生まれるものだが、ある程度それがクリアーできたあかつきに必要となってくるものは、結局、音にのっている感情、そのはっきりとわかりやすく聞き取れる印象のテンションが高く高く表現できること。そしてそれを全員で更に上げていくことに尽きる。


こんな経験をしていると、やはり感情的になれること、それを破綻せず音にのせられること、それがあらゆる可能性をもっていくらでも幅広くやれることこそ大事だと感じてくる。


演奏の可能性は感情の可能性か。まだ聞いたことのない感情的な演奏はあきらかに存在している。


N響定期練習、川越へ

posted by take at 17:02| 活動報告