2017年10月09日

ちゃんとよりルールより


例の「ミュンヘンコンクール課題と違う曲吹いたのに予選通った話」は、楽聖はじめいろんな人たちに驚愕と共に迎えられる。

「日本のコンクールだとダントツに上手くても、違う版で吹いたらもう落とされるだろうね。要項見なかったのかって、そんなスットコさを強く非難する。少なくとも一位にする勇気がでない。後々のこと気にしたり」


これらについて考えれば考えるほど

「ちゃんとしていることと魅力的なこと、どちらが価値があるか」

というテイストにぶつかる。

もちろんみんな「ちゃんとしてて魅力的なもの」というのを要求するだろうが、日本人の場合、

「ちゃんとしてるけど魅力的じゃないもの」

「魅力的だけどちゃんとしてないもの」

だと、ちゃんとしてる方を選ぶ気がします。とにかく日本人はルールが大事だし、ちゃんとしてないものは苦手だから。


だからまずちゃんとすることを要求し、それこそをやろうとする。ただそれで本当に突き抜けた魅力が派生するのかは正直疑問だ。

人間の感性、その成長における順番の話。

もちろん「ちゃんとしてない」も程度問題だと思いますが、本当に魅力的な原石が育っていく可能性があるなら「ルール(ちゃんとしていること)」に対し、幅を持って寛容に認めればよい気がしてきました。


演奏の場合

楽譜の通りである、リズムや音程が正確である、ミスがない、癖がなくスタンダードである、よりも……


やたら音がいい、歌い方がなんとも魅力的、聞いたことない良さ、他の人と明らか違う


あたりを求めてみるのはどうでしょう。

ちゃんとするのは、急がす慌てず、音楽家としての人生の時間をかけてと。


レッスン

posted by take at 17:20| 活動報告