2017年10月04日

忍耐の国


東京は明らかに人が増えた。電車内、駅が顕著である。

京急の各停は、残念ながら快適な環境でなくなりつつある。(以前が快速以上と比べあまりに空いていたので)

品川駅はもう戦場のよう。兵士の気持ちで突入しないとやられてしまう。荒れ狂う人の波だ。

だから、いろんな場面でイライラするのはわかる。

ぶつかる、踏まれる、のろのろしてる。歩きスマホに大きな声、子供が泣く……

だからといって、舌打ちをしたり怒鳴ったり、そのイライラを外に出しても、相手も周りもまたイライラするだけ。

実は正直に書くと、僕もイラッとする場面が増えた。増えたといっても、頻繁にあるわけではないが、舌打ちされてプチ逆ギレなんかもある。その度に

「いかんいかん、これでイラついているようじゃ」

しかし以前と比べ増えたのは確かで、それは僕の加齢からの許容量減少だけでなく、明らか環境が否快適になったのだと思う。

皆同じように不快さを感じているし、できれば一刻も早く抜け出そうと、何があってもだまって努力している。

そう、本当に大多数が何があってもだまってに見える。辛いのは自分だけではないのだから。

それくらい状況が過酷になって、そしてそれに慣れつつもある。


そう考えると、喧嘩も怒鳴り声もトラブルも、冷静に人の数と照らし合わせてもなんと少ないことか!!

今この瞬間にも、物凄くたくさんのポイントでトラブルの種火は起こっているだろうに、その火がぼや以上の火事になる件数はこれまた物凄く少ない。


つまり、みんな堪えているのだ。


日本人は、環境の変化に対して、自らが合わせてどんどん受け入れていくし、そこがいかようにハードでも忍耐強く堪え忍ぶ民族なのだと思う。

あのラッシュ時の銀座線新橋駅の、改札から階段、ホームから電車へ向かっての見事なフォーメーションの創造と共有、その寡黙さとともにあるすし詰めへの秩序を体験した時

「これはほとんどの外人には無理だろう」

と思った。

しかし、大抵の日本人は忍耐と共に受け入れ皆で頑張る。それがさすがに無理になったり、なんらか事件でも起きると、改善の方向へはじめて向く。


「Noと言えない日本人」は、勇気がないというわけではない。まず自分が受け入れようとし、我慢するのだ。

全体でこんなに忍耐強く耐えられる国民は他にはないのではないだろうか。全員が全員で皆の為に耐える国民。外人ができるイメージはない。


そんな潜在的な力強さを、実は国際的にアピールしてもいいのではないかと思う。

忍耐とは、決して悪いことではなく、どちらかといえばパワー。そんなパワーの源は、秩序への美徳と、皆あまり気づいてないだろうが人間愛なのではないだろうか。


大河ドラマ録音。川越へ

posted by take at 21:30| 活動報告