2017年10月21日

価値の確信


あまりに豊かな感情的表現、流れ、アゴーギグ、テンションのコントラスト主眼の合奏を経験すると


本当に

タテのり風アンサンブルの構築、音程リズム楽譜の正確信奉、音楽的センスより勉強的取り組みで合奏を組み立てる指揮者の音楽には

限界を感じる。


たとえそれが整然さをもたらし、新鮮な響きを生む瞬間があっても

心が要求するままに歌い表す喜びが

構築していく時間の流れ、演奏家たちから自然に発せられる音の沸き上がり、その融合体のあまりに感情豊かな表現には

敵わない。


楽器のパート、その奏者一人一人をパーツ的に捉え、楽譜を勉強的に捉える人ほど、結局人間の感情の推移を作り上げる構成感には乏しい気がします。


必要なのは

感じてしまう心、更なる感情を求める探求心、それを音にのせる努力、その研究と、なにより人の気持ちを優先、信じる心ではないだろうか。

楽譜は楽譜でしかないし、テクニックやアイデアはテクニックやアイデアでしかないのだから。


KSKスタート、N響定期

posted by take at 12:52| 活動報告

2017年10月20日

学ぶ場所とは


学生が自分の力で伸びること

学生が周りの力で伸びること

環境が学生一人一人の力で伸びること

教師が自分の力で伸びること

教師が学生たちの力で伸びること


どれも欠けることなく、全てが必要だ。


N響定期

posted by take at 11:36| 活動報告

2017年10月19日

感情の可能性


マエストロ・エッシェンバッハとのブラームスが凄いことになっている。

よく鳴るN響でも過去最鳴、最響、最テンション高ではないだろうか。

ただ大きく凄い音というのではない。ブラームスの音符たちが美しくも感情的にものをいいまくっている。


マエストロのタクトは完全にニュアンスだけを振ろうとしている。合図がどうしても必要そうなところだけポンとはっきり降ろすが、あとは拍子風を描きながら完全にニュアンスを振っている。

つまりタイミングは、音楽があふれでてくるところがそこであり、マエストロ含め皆で揃えるというよりは感情の共有を目指している。

もちろんこの感情の共有は、オケマン全員の音程やリズム、そしてタイミングが共有できる能力あって生まれるものだが、ある程度それがクリアーできたあかつきに必要となってくるものは、結局、音にのっている感情、そのはっきりとわかりやすく聞き取れる印象のテンションが高く高く表現できること。そしてそれを全員で更に上げていくことに尽きる。


こんな経験をしていると、やはり感情的になれること、それを破綻せず音にのせられること、それがあらゆる可能性をもっていくらでも幅広くやれることこそ大事だと感じてくる。


演奏の可能性は感情の可能性か。まだ聞いたことのない感情的な演奏はあきらかに存在している。


N響定期練習、川越へ

posted by take at 17:02| 活動報告

2017年10月18日

感情的を情熱的に


エスプレッシーヴォという意味で日本人がよく使う言葉に「心を込めて」「歌って」というのがある。

合奏の場面でも指揮者が言う「もっと心を込めて」「もっと気持ちを込めて」「もっと歌って」というのは、誰しもが聞いたことがあるせりふだろう。

僕は以前からこの言い方に変わるものを探していた。

この言葉では実際何をすれば良いかが実は曖昧だし、誤解も生むと思うからだ。

ビブラートでもかけて強弱をオーバーに、テンポでも揺らせば良いのかと、「そうとは限らないんじゃないか感」もわいてくる。


音楽を聞く楽しみ方には何種類かあるので、唯一と限定するのは実は難しかったりする。

しかし音楽を「人間だけのもの、その感情の産物」だとはっきり理解するなら


より感情的に


が一番的確な言葉だと思います。

というか、演奏スタイルは千差万別で良いとして、演奏する人に必要なのは


情熱的に取り組め感情的に表現できること


だと確信しています。四の五の言わずに。


N響定期練習、ジパング

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2017年10月17日

エッシェンバッハスタート


マエストロ・エッシェンバッハとのブラームスが始まりました。

今週が三番と二番、来週が四番と一番。僕は両方出番で、久しぶりにブラームス短期コンプリートを経験することになります。

マエストロとの共演は、かなり楽しみにしていました。ビックネームですし、世界中の名オーケストラで活躍してきたベテランドイツ人ですし。


リハーサルは二番から。やり口に慣れるのに少し時間がかかりますが、どんどん深みのあるサウンドになっていきます。

午後の三番になるともう弦楽器群が凄い音に。鳴り響き方が尋常じゃありません。我々管楽器も、中身のあるよく喋る音でブラームスの思いを綴っていきます。


タクトは聞いた通り少々わかりにくいところもあるのですが、今時のバッチリ整えるタイプとは対極の、曲線美ともいえる歌を膨らませていく作り方。

ブラームスがどんどんドラマチックに、そしてどこまでも美しくなっていきます。


なんか長くN響にいる思い出から、何かが引っ張り出されてくる感じ。懐かしさが込み上げてきました。

かつてよくあった時間。


ブロムシュテットとのチクルスとまた違った、充実した満足感が確信できる初日のプローベとなりました。


N響定期練習、川越へ

posted by take at 21:26| 活動報告