2017年09月21日

本当に価値ある演奏


とにかく演奏を整えたがる自分がいる。整った演奏からは曲本来の姿が見えやすいし、その方が聞き手も感動するだろうと思ってしまうから。

年々その思考が強くなっているのは、N響の演奏自体もともと整然としているのに、昨今はより整っているからであり、その方が「うまい」となるし、解像度高く快感も多いから。

最近の指揮者も、整えることに重心がある人は多い。最初整えて、それから歌うみたいな。

ただ冷静に感じたいのは、「整っている」というのは魅力のひとつの側面であり、整えたあかつきに、もし自由さに限界がくるのだとしたら、明らかに


「整えることではない何か」


が必要だとなる。


それを探し求めながら、やはり日々整えるのだと思う。「雑然としている」という評価になったのでは、今の時代通用しないのだから。

『冷静と情熱のあいだ』は映画にもなった小説のタイトルだが、演奏の現場には必要なものとして渦巻く感性だ。

聞き手の感動、喜びに貢献できる演奏とは、整然と何のあいだなのだろうか?


N響定期練習、川越へ

posted by take at 12:32| 活動報告