2017年09月05日

剛能く柔を制す


音って「固さという強さ」が必要だな


ある演奏を聞いていてそう思いました。


そのプレイヤーはとても柔らかく純度の高い美しいサウンドで、難しい曲を達者に吹いたのですが、不思議なくらい心に響かなかったのです。

本人なりに変化もつけているが、全てが柔らかさの範疇でなされている。

「伝える媒体にしては、柔らか過ぎるんだな」と感じてしまいました。


こと音楽の世界では、固いより柔らかい方が歓迎されるイメージがあります。

柔らかく美しい表現。フレキシブルなテクニックも柔軟性なんて言葉だし。

【柔能く剛を制す】という言葉もある。しなやかなものは弱そうに見えても、かたいものの矛先をうまくそらして、結局は勝つことになるということのたとえ。

つまり、柔らかさが固さを凌駕するというイメージ。


ただ演奏とその要素である音には「強靭さ」という、固さとも言える力強さの方が必要な気がするのです。

固く聞こえさせられる人が柔らかい表現をすることで、感情の幅広さの変化を表すことができるが、柔らかいがベーシックになっている音がハードテイストを出そうとしても、結果満足のいく変化までたどり着かないような気がしました。


つまり、音や演奏技術には


「剛能く柔を制す」


の方が相応しい気がしたのです。


ジパング、サロンコンサート

posted by take at 21:43| 活動報告