2017年08月01日

人生三楽章形式


7月27日に厚生労働省から発表された、2016年分の簡易生命表を見て、少なからず驚いた。


日本人の平均寿命

女性が87.14歳
男性が80.98歳


女性は90歳が見えているし、男は81歳まできたんだ。結構なスピードで延びている。100歳以上の人が7万人いる時代だ。長寿は更に長寿へと。

自分が年齢を重ねたせいかこんな数字も最近になって気にはなっていたが、なんとなく女性が85か6歳辺り、男性が80歳前後だと認識していて、延びたという実感が数字から見えたのは初めてだった。


そういえば、昔は人生50年って言ったよなー……それっていつ頃だったんだろう?

と、これも調べてみると更に驚愕。今から70年前、第二次大戦直後の昭和22年で、女性が53.96歳、男性が50.06歳との数字が。

そ、そんなに最近?たかだか70年前じゃん!!それから30年も延びたの?!

ちなみに1891年から98年のデータ、今から120年くらい前は、女性44.30歳、男性42.80歳。現在の半分の長さだったんです。

食事の内容はあるだろうが、やはり医療の進歩によるものだろう(ドイツ人のアウシュビッツの人体実験によるとの説あり)。

いずれにせよ、この70年前からの時間は、人類の長い長い歴史の中で極めて特別な期間になるのではないだろうか。


いろいろ考えてみた。70年前の50歳と現在の80歳、身体の衰えや見た目は同じだろうか。

僕の想像では、当時の50歳はもちろん現在の50歳とは違うだろうが、でも同じではないのではないだろうか。もう少し弱っておらずもう少し若い見た目だが、命はもたなかったのではないか。医療の進歩は、弱くなっても生きられるように延ばしていっているのではないだろうか。(あくまで僕の想像)


このペースで延び続けるとしたら30年後、自分がその時を迎える頃は、女性90歳、男性85歳になっている可能性は高い。「人生90年」と。

そこから更に考えが進む。

もしそうなら人生を30年づつ、3等分で見つめてみたらどうだろう。

現代のイメージだと、生まれてから大学出る22歳までが子供としての期間、そこから60歳までの40年弱が成人として社会で働く期間、そこから大体80歳まで20年くらいが老人の期間みたいな。

しかし現代は就職の時期、結婚して家庭を持つ時期も遅くなっており、大体それを30歳としたとして、更にいずれ定年が65まで延びたにせよ、最後の5年位はその後の準備にもなるだろうから、60歳で線を引いてみると、いずれ人生90歳なら、

生まれて30歳までが第一楽章
30歳から60歳までが第二楽章
60歳から90歳までを第三楽章

と設定できる。更にれぞれ10年区切りで三区分に分けてみる。52歳の僕なら「第二楽章の3(2の3)」に入った辺りだと。

どうでしょう?もう50歳と考えるのではなく、まだ2だと。しかも、その3に入ったばかりと。

実際それぞれの楽章はテイストが違う。だから第一楽章が第一の人生、第二楽章が第二の人生、そして第三楽章が第三の人生と考えるのがすっきりする。

第一楽章は教育の時代
あらゆることを吸収しそれにより出来ることが圧倒的に増え、自由になっていく期間

第二楽章は家庭を持ち働く時代
社会と関わり、どんどん繋がり、更なる人間や社会の素晴らしさを吸収していく。諦めることも覚え、何より安定していく期間。全ての人が結婚し新しい家庭をもつわけではないが、持った人はそのかけがえのないものを成長させ、そこからエネルギーをもらう期間でもある。

第三楽章は人として完成していく時代
仕事は終わったりするが、いくばくかのお金で自分の時間をコーディネートし、健康に気を配り、介護をしたりされたりしながら、本来の自分の徳の大きさ分だけを受け入れながら生きていく期間。気力があればアクティブだろうが、しんどければ変化ない日常になるだろう。


問題は、全ての期間で誰とどのように生きるかだ。これが、それぞれの期間の目的に影響するし、一生を通した目的にも結果大きく関わってくる。

第一楽章では、やはり親の存在が最大だろう。出会う何人かの教師も影響力大だが、何よりどんな親と生きたのかは、生涯の運命にまで絡まってくる。

第二楽章では、出会うパートナーだろう。そして長い仕事の時間、その現場にいる仲間、または付き合いが深くなる人たち。しかしパートナーや子供の存在は、一番心の成長に影響があるだろうと思われる。

第三楽章、この時間こそ、今まで誰とどのように生きてきたかが最も影響を受けるのだと思います。

第二楽章でパートナーを諦め「仕事に生きる」と選択する人もいるが、仕事はそれなりの時期に終わり、残り三分の一の期間がやってくることはわかっていたい。

同時に、第三楽章では誰しもが独りぼっちになる可能性があることも確かだ。パートナーが先に逝くこともあるだろうし、パートナーを独りぼっちにさせる可能性も。ただ二人で全うできる可能性もある。

第二楽章までに、充実したクリエイティブな時間を過ごした人なら、第三楽章も同様に開拓していくだろう。身体への気配り、ケアも第二楽章の後半からの取り組みが影響する。この時、第二楽章で苦楽を共にしたパートナーの存在は、何よりもの宝だ。

第三楽章に入ってから、初めてパートナー、生き甲斐、健康を探そうとしてもかなり難しいだろう。そういう意味で、完成されるべき期間である第三楽章の30年は、第二楽章から、ある程度の計画性を持って迎えるべき期間になるべきだ。

「老後」なんて言葉で語ってしまいがちだが、この70年で派生した長き時間。年金他がシステムとして追い付かないのは、急激な延びによるのだろう。


ただ、僕は与えられた時間に夢と希望は持ちたい。だからこそ、それなりの時間考え、考えることにも慣れ、自分の生き甲斐を自分でこさえてから、第三楽章へと向かっていきたい。

全て、どうなるかわからないにせよだ。


休日

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