2017年07月21日

教師とは


音大の教師は一体何を求められているのか、考えます。

本当は考えるも何も、はっきりしてるはずですが(常識だったり、大学からはっきり言われたり)、楽聖自身が目的がはっきりしていなかったり、周りの教師のスタンスと随分違って感じたり、大学自体もはっきりしてるのかわからなくなることもあったり。


まあ他人は他人、周りは周りということで、僕の場合、内容に関しては幅をもたせてある意味自由にやらせてもらっているが咎められないので、環境と人には大いに感謝すべきです。


多様な楽聖の価値観に全て合わせることは難しいので、ある程度上意下達的に内容を要求することになる。

なぜなら、教師として「これくらいは上手くなって欲しい」という目標があるからで、これなくしては伝えようがない。彼らのやってくることに対応してるだけが教師なら、僕にはまずやる気がおこらない。

18才から22才までは、さ迷ったり漂ったりし、見失うこともある年齢だったりするので、辛くなっている楽聖もいるが、これまたなんとかして定まるように、慌てずゆっくり見つめながら、尚僕こそがはっきりと指針をもち示すことが大事だと思う。

教師としてのプライドというのは、教師こそがはっきりと目標をもち、悩み苦しみながら若者を導くために妥協しないこと、限界を自分の中に定めず、諦めないことだろう。楽聖一人一人を信じて叱咤激励し、彼らにこそ限界と諦めをもたせない。


敢えて教師に求められているものを定めるとしたら、このプライドなのかもしれない。


沖縄県芸レッスン

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2017年07月20日

単調ではなくなった短調


子供の頃、なんだか短調の曲の方が好きだった。

テンポがゆっくりで、次々と悲しみが滲み出てくるようなフレーズを情感たっぷりに歌うような音楽の方が優れている、とすら思っていた気がする。

大人になっていくにつれ、明るい音楽も好むようになり、ある時期は暗いものへの興味がかなり薄れていたりもした。


高校卒業するまでは、夜遅くまで部屋で一人でレコードを聴いていたというのが、内向的な暗さへと向かわせていたのかもしれない。人生経験が短いなりに多感な琴線が、とにかく悲しみの情感を求めて、内側へ内側へとはまっていっていた。

大学、そして社会へ出ていき、バブルの華やかさや、お金やお酒との付き合い、東京の賑わいを浴びていくにつれ、徐々に明るく開放的になっていく。実際暗い人間性は否定されがちで、周りから明るさを求められたし。

音楽の時間も、一人の部屋から、他人との社交の場でと移っていく。何よりオーケストラをやるようになってからは、コンサートホールの数千人が、共に体験する人として存在するのが当たり前になった。

レパートリーも増えていき、明るい暗いは、僕の趣味の袋を満杯にし、様々なものに対する価値観も広がった。


自分自身が前向きに明るめに生きるようになり、わけもわからず悩みそれをコントロールできないようなこともなくなってくると、暗い音楽も聞こえかたが変わってしまった、そんな気もします。


今、ブロカートでチャイコフスキーの四番に取り組んでいます。昨日までのN響のツアーもこの曲でした。

最近少なくともチャイコフスキーに思うのは、明るい曲より暗い曲の方がいいなあと。バレエの明るい華やかさも魅力だが、陰鬱なピョートルは、その表現のインパクトがより強力な気がします。


若い頃と短調に対する感じ方は変わったが、しかし悲しみや辛さを忘れてしまったわけではない。

より深い刹那は、これからの僕をさらにより暗い表現へと誘い始めた気すらするのです。


大塚へ

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2017年07月19日

人生一度きりだから


「人生は一度きり。やりたいことをやってしまおう」

と考えるのは危険な気がします。

やろうとしてることがまともなことの場合「人生は一度きりだから…」とは考えずにやるのだと思うから。

この言葉が浮かぶ時には、結局危ういことをやろうとしている時ではないでしょうか。

もちろん、石橋叩いて叩いて渡らない人がこう考えてやり、やって良かったと考えることもなくはないでしょう。


しかしこのセリフが頭に浮かぶ時は、結構特別な時だと思う。人生一度きりだから後悔しないようやりきろう、楽しみきろうで危ない橋を渡り続け、やめるきっかけを失い、やめかたがわからず、ついにはやめるべきかどうかも判断つかなくなり、結局その一度きりの人生に取り返しのつなかい傷がつくこともある。


そうならない大半の人は、身の丈にあった幸せに感謝しながら、実はそれなりに我慢しながら生きているのだと思います。

自分はもうどうなってもいい……というわけにはいかない、周りで共に暮らす人たちのためにも。迷惑をかけることは、やはりだめだから。


だから「人生一度きりだから」と考えずにやれることを精一杯やり続けるのが、やっぱり良い。ふとそう思いました。


帰京、川越へ

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2017年07月18日

演奏旅行


「演奏旅行」

と聞くと、とても素敵なことにうつる人が多いだろう。

音楽を演奏しながら各地を廻る。その場所場所で、多くの人たちに聞いてもらい喜んでもらう。その土地のものを飲み食いしながら、いろんな宿に泊まり。もしかしたら観光なんかもしながら。

いや、そもそも望まれて旅行をすること自体仕事って、なんて素敵な人生だろう


……いや、実はね


僕は大学三年になったばかりの頃、日本フィルのツアーにエキストラとして初めて参加した。いきなり地元四国や中国、九州も行くことができた。

演奏家として仕事ができること、自分がピックアップされたことが何より嬉しく興奮したが、それ以上に不安と緊張は大きかった。

何をしなければならないか、何ができなくてはならないか、過ごし方やハードさもわからなかったし、周りの人たちは慣れたものだし。金魚のふんみたいについてまわるので精一杯。演奏も態度も発言も、そそうのないよう頭の先から足の爪先まで緊張しきり。時には誰もいないホールの片隅に逃げ込み、独りで時間過ごしたりもしていた。


オーケストラの演奏旅行で観光できることはほとんどない。移動と本番で、大体スケジュールはきちきちだ。夜の食事は楽しいが、でも若いうちは先輩の話を聞きながらあたおたしていることも多かった。説教されることもあったし、飲み過ぎて失言したりも。

何より健康な状態で、きちんと遅れず、各地ホールへたどり着き、ベストパフォーマンスをしなければならない。それができて当たり前。プロだから。

コンディションの調整は慣れるまでよくわからず大変だし、慣れても移動状況や天候、流行りの病気や自分の疲れなどで、常に安定させるのは何気にテクニックを要する。


だから、楽しくて素敵なばかりじゃ……


いろいろ大変なことがあっても、でも今は幸せな仕事だと思います。

いろんな地方の方々に、普段は聞く機会の少ない演奏を楽しんでもらえる。

会いに来てくれる人もいる。一緒に食事したいと言ってくれるひとも。


残りの演奏家人生は、演奏旅行のプロとして経験を活かして取り組み、できる限りよい演奏と充実した音楽の時間になるよう楽しみたいし、何よりきちんとしたい。今までだらけていたつもりは欠片もないけど、でも人生をきちんと全力で歩みたい。

とても有難い仕事を与えられているのだから。


N響米子公演

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2017年07月17日

やらせてもらっています


「〜をやらせてもらっています」

現代ではほとんどの人が使うこの言葉。かつてなら「〜をやっています」と言うのが当たり前だった。

周りのおかげで自分がやることができている、自分の力ではなく実は皆さんの力なのです、ともとれるほど謙虚なテイスト。そして必要なメッセージとして「感謝の気持ちをきちんと宿しています」が聞き取れる。


全ての言葉、文化がそうだが、皆が違和感も恥じらいもなく当たり前に使えるように浸透したあかつきには、心にその気持ちが無くても臆面もなく言えるようになる。というか(特に日本人)これは言えて当たり前。言えないことに問題があるみたいな。そんな常識あいさつのようなテイストになる。


今朝、渡辺謙の不倫釈明記者会見のニュースを見ていて、ふと感じたことがあります。

彼ほどの実績をあげてきた人間でも、ブライベートのミスによる今後の仕事への影響が話題になります。もちろんイメージ業でもあるし有名人でもあるからですが、もし彼が今後仕事が激減したり、あり得ないができなくなったとしたら、本当に今までの仕事も

「周りによってやらせてもらっていた」

ことになる。やらせてもらえる時はやらせてもらえるが、そうじゃなくなればやらせてもらえなくなる。

そうはならないだろうし、今回のことで、今後も今までと同じようにやれるなら、それこそ有り難さからの

「皆さんのおかげで、やらせていただいて、感謝にたえません」

との気持ちが、素直に宿るだろう。


「自分の力だと思わずに、謙虚に生きなさい」と、若いころ叱咤してくれた親や年長者も、成功した自分が「やらせてもらっています」と言うと「いや、お前の力、実力だよ」と褒めてくれるようになったりする。

もちろんそれで勘違いしきったりはしないまでも、

「現在、そして今までできてきた仕事も全て、周りの人のおかげでできてきたんだ。これからも継続したいだけでなく、これまでやれてきたことに傷がつかないことを望むなら、やれていることが当たり前ではなくて、心の底から、やらせてもらってるんだと思える人間になった方がいい」


あらためてそう思いました。言葉ではなく心の問題として。


松山から米子への移動日

posted by take at 22:39| 活動報告